教育福島0172号(1993年(H05)07月)-028page

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子どもの笑顔に支えられて

杉文子

 

かのグループになって、元気に楽しく遊ぶ姿が見られるようになってきました。

 

入園式からすでに二ヵ月が過ぎようとしている。入園式では泣いて泣いて、涙がかれるほど泣いていた子供も、今では幼稚園生活に慣れ、気の合う友だちといくつかのグループになって、元気に楽しく遊ぶ姿が見られるようになってきました。

私が担任するクラスの四歳児は、長男・長女が多く、家庭で過保護に育てられたためか、初めのころは、幼稚園に送ってくる母親から離れがたく、大粒の涙を流す日が続くことがありました。そのようなときには、私が抱っこをしたりおんぶをしてあげたりすると安心するらしく、にっこりと笑顔を見せてくれます。

これからも、幼稚園生活の中の様々な場面で、担任や子供たち同士でふれ合う機会を多く設けてやることにより、お互いの愛情や親しみを感じさせ、精神的なやすらぎをもてるようにしてあげたいと思っています。

心の安定が図られ、天真爛漫に遊ぶ子供たちの、あふれんばかりの笑顔を見るたびに、私の心も明るくさせられます。

ある時期、私自身が、父の明日の命も分からない病気のために、気持ちが沈みがちな毎日が続いていたことがありました。父の病状の悪化の心配と容態の急変を知らせるかもしれない電話のベルが怖くて、ついつい顔色が曇りがちになっていたのです。そのために、子供たちに顔を向けられないこともありました。

しかし、登園して来るなり「先生おはよう。」と、にこにこ顔で抱きついてくる子供たちを見ると、心の奥底から力づけられる思いが沸き出てきて、がんばらなければと自分に言い聞かせ、笑顔で接することができました。私を励まし、勇気づけてくれた子供たちの笑顔は、私にとって何にも増して大切な宝物なのです。

この時ほど、子供たちのすばらしい笑顔を絶やすことなく、安心して幼稚園で生活できる環境をつくり子供たちのよさや可能性をどんどん引き出し、個性を伸長させることが、私の努めなのだと思ったことはありません。

子供たちのだれもが持っている内面のやさしさや愛らしさを大切にし、保育者としての私の愛情が、一人一人の子供にしっかり受けとめられるよう努力していくつもりです。

長い間には、子供たちにも私自身にも、つらいことや悲しいことがあることと思いますが、共に力を合わせてそれらを乗り越え、幼稚園生活が楽しいと思えるようなクラスづくりをしていきたいと考えています。

(小高町立福浦幼稚園教諭)

 

ボート競技と私

東條有克

 

ので、競技役員や審判にも携わることもあり、いろいろな立場で関係している。

 

大学時代に漕艇競技をやっていたことから福島県の漕艇競技にかかわるようになり、選手として、また、監督として何回か国体に参加することができた。そのことがあって現在は二年後のふくしま国体に向けて、成年男子のコーチを委嘱され、選手の確保や育成強化にあたっている。また、競技人口が少ない種目でもあるので、競技役員や審判にも携わることもあり、いろいろな立場で関係している。

大学時代は、勝つこと(優勝)を目標に年間百日以上もの合宿にも耐え練習を続けた。福島大学は、大きな大学と違い専任の監督・コーチもいないし金銭面のバックアップも少なく、大きな大学が何千万に対し数十万程度の乏しさであった。だからこそファイトも出て、自分たちで練習も工夫し、必死にがんばり全日本選手権で二度準優勝できた。今思うと生まれて初めて主体的に活動し、生活できたのが大学時代であった。

あれから十三年たった現在、国体コーチになり、オリンピック選手や一流の監督・コーチと接したり、講演を聞く機会を経験しているが、教員として自分の指導のしかたを反省するばかりである。勝つことだけを目指し結果だけで判断し、負けたのは子供のせいにしていたのではないか。自分が大学時代に経験した「自分たちで主体的に考え、活動し生きること」と「その中で自分と他との違いに気づくこと(他の人のよさや自分のよさに気づくこと)」を、指導者として十分に生かし援助できなか

 

 

 


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