教育福島0182号(1994年(H06)10月)-035page

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図書館コーナー

図書館短歌・俳句鑑賞

 

図書館の垣に沈丁咲くころは

恋も試験も苦しかりにき(吉野秀雄)

 

文芸作品の舞台として、図書館が登場する名作はたくさんあります。読書や調査の施設である図書館の持つ、静かなそして知的な雰囲気が作家の創作力を刺激するのでしょうか。図書館が出てくる小説を網羅的に紹介した論考は、既にいくつか発表されていますが、短歌や俳句については作品量がぼう大なためか、さすがにまだ誰も手を着けていないようです。手元のメモの中から佳作を選んで、鑑賞していただくことにしましょう。

冒頭の短歌は図書館に関するものとして、よく知られている作品の一つ。慶応義塾百年祭に際して、同窓生の吉野秀雄が学生時代を回想しつつ詠んだ歌で、沈丁花の芳香が青春の甘酢っぱい感傷を喚起させます。舌頭千転に耐える秀歌です。

木菟(みみずく)の声きこゆる小さき

図書館に耳きよらなる少年を待つ(寺山修司)

童話の世界めいた少年の日の追憶。ほのかに罪の匂いも漂わせているところが、いかにも早熟の鬼才寺山修司らしいと感じさせます。

ところで、我が国の文学者に最も親しまれた図書館は、何といっても東京上野の旧帝国図書館でしょう。天井の高い典雅な西洋館で、樋口一葉、国木田独歩、宮沢賢治ら多くの作家がここに通いました。

図書館の卓に新たや夏帽子(柴田宵曲)

これは、昔の上野図書館特別閲覧室などでよく見られた光景。どういうわけか当時の来館者には、パナマ帽よりカンカン帽の人が多かったそうです。夏帽子は、明治時代になってから定着した比較的新しい季語で、図書館の西洋風なイメージと合致して、清爽な句になっています。余計な話ですが、柴田宵曲は消極的な性格なので宵曲と号したと伝えられる俳人です。

図書館の出納をする少年が

きびきびとしてゐたるうれしさ(斎藤茂吉)

昔の図書館は、本が全部書庫に収蔵されていました。出納手がいて、カウンターと書庫の間をせわしく、たくさんの本を抱えて往復していたのです。

 

暑き幾日斎藤茂吉の歌をさがしに

上野図書館通ひ来りき

図書館に来てもの写しをれば動物園の

獣の啼ける声きこゆあはれ

二首ともに南原繁の作。上野の図書館は動物園の近くに今もあり、往年の作家たちの青春を偲ばせます。

ひそかなる物は懐かし上野の杜の

図書館の裏道孤り歩めり(立花馨)

次は福島県とも関わりの深い加藤楸邨の句。

図書館の薄暮マスクの顔険し

たそがれ時のトワイライトに、幻想的に浮かび上がる白いマスクと陰険な顔。これも戦前の図書館の情景でしょうか。楸邨は、父親が原ノ町駅長として在職した二年間程、原町第一小学校に通学していました。同校には彼の句碑が建立されており、福島県文学賞の審査委員も務めました。句集「まぼろしの鹿」には、県内各地で作った作品が収められています。

最後に、図書館を背景とした植物の風情という趣向でいくつか。

図書館は枯木はざまに灯りけり

萩若葉図書館出たる受験生

二句ともに山口誓子の作。萩若葉は春の季語です。

図書館を出でて数歩の道の上

さくら落葉の一葉を拾ふ(佐佐木信綱)

図書館の庭の黄ダリヤに夕日さし

黒き揚羽がひとつ羽縛く(若林牧春)

図書館の壁をおほへる青かつら

出で入りて君が読まししは何か(土岐善麿)

蔦(つた)青く壁茂りおほふ窓深く

この夏はこの図書館にあり(同前)

 

県立図書館の新しい建物も今夏で開館十年目、蔦の緑が猛暑の中でひときわ鮮やか。そこで一句、といきたいところですが……。

 

 

 


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