教育福島0187号(1995年(H07)06月)-023page
随想
日々の想い
ずいそう
私の檜枝岐
橘成美
檜枝岐に嫁いで十二年目に入ります。この村に住めば住むほど、深い味わいを感じ、この村に来てよかったと思います。
昭和六十一年四月から平成三年三月まで舘岩小学校に勤務していたので、檜枝岐村から舘岩村に通っていました。片道二十八キロメートルの道のりで、春から秋にかけては、三十分ぐらい、冬になると一時間もかかるときもありました。檜枝岐の四季折り折りの自然の変化は、私にすばらしい感動を与え、通勤のストレスを全く感じさせませんでした。かえってゆとりを持って子どもたちを見つめることができたようです。
その後、檜枝岐小に転勤してきました。
檜枝岐村は、不思議な雰囲気があり、何についても興味深いものがありました。子どもたちと共に、生活科や社会科の学習で村のことを調べました。古い古い村史を読んだり、スキークラブ創立三十年の記念誌である「まっきゅう」を読んだり、橘兄弟と三浦雄一郎さんの映画も見たりしました。歌舞伎の練習を見学して、演技する人たちの苦労も知ることができました。尾瀬を開いた長蔵さんのこと、尾瀬を守ろうとしている人たちのこと。…調べれば、調べるほど、村の人のすばらしさが感じられます。私のすぐそばにいる人が、偉業をなしとげているのです。
二百五十年も続いている歌舞伎を守っている人々、スキーを始め、国体にまで出場した人々。そういった人たちが、私のそばにいます。それが、とても不思議な気持ちになってしまいます。
古くからの伝統を守り続け、それに固執することなく、新しいものも進んで取り入れます。
また、生涯スポーツのねらいからすれば、この村は、幼児から高齢者にいたるまで、スキーやゲートボール、水泳などの運動に親しんでいます。そのせいか、皆さんの表情は、とても明るく幸せそうです。
民宿、旅館業と忙しいのですが、たくましい働きぶりで、それは、目を見張るものがあります。
私がこの村の中で一村民として役に立てることは何でしょうか。教師としての立場から、これからも子どもたちといっしょに、村について調べる学習を続けることかなと思います。その体験的な学習を通して、先人たちの苦労と努力を理解し、自然や伝統を守ろうとする子どもを育てることができればと思います。
子どもたちといっしょに、これからの村の発展をずっと見つめていこうと思っています。
(檜枝岐村立檜枝岐小学校教諭)
檜枝岐歌舞伎の1シーン