教育福島0194号(1996年(H08)04月)-034page

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心に残る一冊の本

 

広大な世界観に支えられた人間讃歌

郡山市立金透小学校校長

川田昌利

 

士の間の、ほんの束の間の出会いをも大切にしないではいられないであろう。”

 

“この果てしない宇宙の中で、たまたまふしぎにも人間としての生命を与えられたことを大切にし、同類同士の間の、ほんの束の間の出会いをも大切にしないではいられないであろう。”

“人間のこころは、「慈悲となさけと和らぎと愛」にあこがれてやまない。”

人間を、広い宇宙の中のほんの小さな生命体の一つと受け止め、そのような存在の人間をこよなく愛し、すべての人の命や生き方をあたたかく見つめる著者の目が、本書全体を貫いている。

一見、宗教家か伝道者、さもなくば哲学者の悟りの言葉のようにも聞こえるが、著者はまぎれもなく大脳生理学の権威であり、精神科医である。そして、本書には、生命、脳、人格、知性、欲望、使命感など、人間の命と精神の問題が、様々な学説に基づき、豊富な事例を通してわかりやすく論述されている。

ただ、誠に不思議なのは、本書は、生命のしくみについて語っていて科学書でなく、脳の働きについて語っていて医学書でなく、人の生き方について語っていて哲学書でない。むしろ、それらのすべてを包含する広く深く、そして清浄な著者独自の世界観、人生観が行間ににじみ出て、読むたびに心うたれる。

宮沢賢治やシュヴァイツアーにも共通するこうした高い世界観を生み出す源は、一体何なのであろうか。勿論、生まれながらの資質、本人の勉学、努力もあろうが、著者が若くして死をも覚悟する大病を得たこと、又、永年にわたり、らいの病人とかかわり、命の尊厳、人生における生きがい等を見据え続けた体験をぬきにはできまい。

今、社会も教育も、混沌としていて不透明である。こういう暗やみの時にあってこそ、本書は光り輝いて美しい。

 

本の名称:(新版)人間をみつめて

著者名:神谷美恵子

発行所:朝日新聞社

発行年:一九七四年八月二〇日

 

「電人M」のころ

郡山市立三町目小学校教諭

柳沼雅俊

 

本は数多くあります。でも、自分の読書生活の原点といえば……そう、あの頃。

 

ヘッセの文庫本をGパンのポケットに忍ばせて文学青年を気取った高校時代。年間千冊読破をめざして乱読した学生時代。心に残る本は数多くあります。でも、自分の読書生活の原点といえば……そう、あの頃。

一九六六年−−私は,小学校四年生の遊び盛りでした。帰宅後、玄関に鞄を放り出してバットを持って飛び出そうとする私。引き留めて宿題をさせようとする母。

「マーちゃん。遊びましょう」

ショウちゃんとカオル君の誘いの声。とうとう捕まって母の見守る裁縫台の傍で、尻を浮かせながら涙目で鉛筆を走らせる私。

こんな有様でしたから、ほとんど本というものには無縁でした。第一、四、五頁読むと眠くなりますし、指でなぞらなくては読めない私には、貸出期間三日間の図書館の本では読み切ることさえできなかったのです。

そうなある日−−私は姉の机の上に一冊の本を見つけたのです。書名は「電人M」。何のことだろうと読み始めると、これがまた実に面白いのです。

「面白いでしょう。探偵小説は先が気になって、つい読んじゃうんだよね。図書室にあるよ」

とは、当時の姉の言。

それ以降、全四十六巻から成る「少年探偵江戸川乱歩全集」を一気に読み切った様に記憶しています。名探偵明智小五郎・小林少年の活躍や、奇想天外な二十面相のトリックに胸踊らせながら−−。

今回の執筆に当たり、このシリーズを手を尽くして捜しました。漸くK小学校の片隅でぼろぼろになった二冊を発見した時は、懐かしくも寂しくもありました。

そうそう、このシリーズは、読者層が少年少女であることを意識してか実に穏やかで丁寧な表現をするという配慮がなされていた点をつけ加えておきます。

 

本の名称:少年探偵江戸川乱歩全集

著者名:江戸川乱歩

発行所:(株)ポプラ社

発行年:初版 昭和三九年一〇月三〇日 二十八版 昭和五二年七月三〇日

 

 

 


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