教育福島0199号(1996年(H08)11月)-029page

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がら帰宅する日が続いた。

図工の研究授業で、三・四年生の「つくりたいものをつくる」に取り組んだためである。今回は、朽ち木や川原の石、校庭の砂、草花や木の実、野菜など、身近な物で教材化を試みた。「あつまれなかまたち」と題して、自分の好きな動物たちの世界を造形するのである。材料をぜいたくに使って、思い通りに造形表現する楽しさを味わってほしいと考えていた。

小石をボンドでつないでカジカにする子、流木に小枝を並べてシャチに見立てる子、数種類の落ち葉を貼り合わせて猫を表現する子、それぞれ自分の集めてきた材料で中心となる動物を生き生きと造形した。だが、次にその仲間たちを囲む周りの物を作る段になると、十分には材料が集められないようだった。三・四年生の児童は、作ろうとする中心の動物に関心が集中し、動物たちが遊ぶ世界にまで表現を広げるのは難しいことなのかもしれない。

そこで、子供たちの関心を広げるためにできるだけたくさんの物を準備しようと思い、木の葉や草花などを集めたのである。教室一杯に使えそうな物を準備しておこうと考え、歩くスペースと制作場所を残して、いろいろな物を配した。こうなっていれば、表してみたいという思いは一向まっているのだから、すぐに材料を選び、制作に入ることができる。

「先生、私の南極はいろんな花が咲いてんだよ。いいでしょ」

「この砂の色、本物の海底の岩みでだべ。ボンドでつけんだ」

全員が思いのたけを表現し、単元は終わった。だがこの間を楽しんだのは、子供よりも私の方だったかもしれない。子供一人一人を思い浮かべ、これはあの子がこんなふうに使ってくれるかも、と考えながらする作業は本当に楽しい。

今は秋真っただ中。山を歩けば紅や黄の落ち葉が気になって仕方がない。

(下郷町立南小学校教諭)

 

ラ・テセラでの子供たちの姿から

岩澤一徳

 

、中学生十五名とともにサンフランシスコ、ロサンゼルスへ旅する機会を得た。

 

今年三月、FCTフレンドリーツアーの随行員として、小学生(四年生以上)十八名、中学生十五名とともにサンフランシスコ、ロサンゼルスへ旅する機会を得た。

サンフランシスコで二日間、ロサンゼルスで三日間、観光や見学などをしたわけだが、子供たちはロサンゼルスのほうが気に入ったようである。ドジャースタジアムやュエバーサルスタジオを楽しめたのだから当然かもしれない。時差ぼけを吹き飛ばし、疲れなどまったく感じさせずに飛び回っていた。

私はといえば、サンフランシスコのほうが思い出に残っている。それは数カ所での子供たちの姿から、私の今までの英語教育のあり方を考えさせられたからで、特に印象に深く残っているのは、二日目の学校訪問でのことである。

市街地から一時間ほど離れた「ラ・テセラ小学校」を訪れると、とても小学五年生とは思えない大人びた子供たちが待っていた。現地の子供たちの積極的な姿に気後れしていた二十三名であったが、プレゼント交換や体育の授業参加でしだいに親しくなっていった。忙しく通訳をしなければならないだろうと考えていたのだが、少し過ぎると私はほとんど用のない人間となっていた。子供たちは多少の英単語と身振り手振りで気持ちが通じ合い、授業参加や遊び、食事やトイレなども、自分たちの力で解決していた。相手の話している英語が十分聞き取れなくても、型破りな英語を話していても、コミュニケーションはしっかりと成立する貴重な経験ができたと思う。ほんの数時間の経験ではあったが、多くの子供たちが成就感や満足感を得られたようであった。そんな子供たちの姿を見て、私自身もうれしくなった。子供の喜びは教師の喜びでもある。

ほとんどすべての子供たちが中学入学当時は英語に対する興味・関心を持ち、その後もずっと英語が話せるようになりたいとの願いを持っている。その願いを共有しているつもりでいたが、サンフランシスコでの経験から、文法定着に固執して、いつの間にか惰性に流された授業をしていた自分に気づかされた。英語を使って意志疎通ができる喜びを日々の授業の中で味わわせていく努力を続け、子供たちの願いを達成させたいと痛感した。

「ラ・テセラ小学校」での子供たちの笑顔、生き生きした瞳の輝きを思い出すたびに、子供たちの願いをかなえられるような教師になろうと決意する毎日である。

(会津本郷町立本郷中学校教諭)

 

 

 


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