教育福島0207号(1997年(H09)11月)-030page

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教育ひと口メモ

わかりやすい教育法令解説V

懲戒と体罰

 

一、 はじめに

児童生徒に対する体罰の禁止は、これまでも諸通知等が出され、児童の権利条約が発効した時に出された文部事務次官通知(平成六・五・二〇)でも改めて体罰禁止の趣旨が述べられています。今回は体罰に関する判例にふれながら、懲戒の範囲と体罰についてその論点を紹介します。

二、 関連する判例

「例一」非行のあった生徒を担任教諭が説諭中に、反抗的態度をとり続けた生徒に対し、平手打ちをした。その後この生徒が担任教諭を恨んでいる旨の手紙を書いて自殺してしまった件につき、平手打ちは当然体罰にあたるが、生徒の死亡という結果についての過失責任を否定した。(福岡地裁昭和五二・八・一二判決)

教師が生徒を説諭する際に生徒が反抗的態度をとったからといってこれを平手打ちしたのは明らかな有形力の行使であり、体罰にあたるので許されないことである。しかし、生徒が受けた懲戒が体罰に及ぶような違法なものであっても、自殺を決行するほどの精神的な衝撃を受けることは、特別な事情のない限り通常は予測困難である。つまり、自殺をした結果について過失責任を求めるには、生徒が自殺することを加害者が予見していた又は予見できたという状況が必要である(これを相当因果関係という)とされており、判決ではそれが決め手になったものです。

本件は極めてまれな判例ですが、生徒が発達途上の未成熟で不安定な状態にあり、生徒の特異な性格や病状、同じ様な前歴の有無などが前述の特別な事情となることも考えられるので、指導上十分留意することが必要です。

「例二」中学校において、女性教員が授業中に、同教諭の名前を呼び捨てにし、茶化すような仕草をした生徒の頭部を数回軽くたたいたことに対して、暴行罪に問われた件につき、事実行為としての懲戒には有形力の行使が含まれる場合があるとして、体罰とならない判決が出された。(東京高裁昭和五六・四・一判決)

これは、禁止されている体罰について、教師は必要に応じ生徒に対して一定の限度内で有形力を行使することも許される場合があるという判断を示したものです。すなわち、教師の有形力の行使が形式的には暴行に当たるとしても、その内容・程度が軽く生徒への身体的侵害が軽微なものにとどまり、かつ教育指導の効果を上げるために必要なものであるという場合に、正当な懲戒権の行使として許されるとしました。

しかし、当時一部には体罰是認の面を強調する見方もありましたが、判決では一般的な体罰までは認めておりません。つまり、教師による懲戒の方法としては口頭による説諭、訓戒等が最も有効であり、有形力の行使は適切でない場合が多く、必要最小限にとどめることが望ましいとしています。

三、 体罰と正当防衛

このように見ると、いかなる場合でも教師には一切の有形力の行使が禁じられているというとらえ方も可能です。しかし、それでは教師が不必要に萎縮し、本来の教育効果が期待できないとする指摘もなされています。

例えば校内での対教師暴力や生徒の無謀な行為が横行する事態などによって、教師の生命身体に不正の侵害(これを急迫不正な侵害という)が及んだ場合に、一切の対抗手段が許されないのでは教師の安全確保ができないため、正当防衛の範囲で有形力を用いて自らの安全を守ることも考えられます。ただし、その防衛行為が生徒の侵害行為に比較して行き過ぎであれば、過剰防衛として刑法上の責任を問われることになります。

四、 おわりに

児童生徒に対する体罰の問題は、これまでにも多くの論点が見られますが、法によって認められている懲戒権の範囲を改めて認識し、児童生徒の心身の安全を危うくするような有形力の行使が明確に禁止されていることを踏まえて、今後一人一人の教員が体罰の絶無に向けて一層努力する必要があります。

 

 

 


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