研究紀要第58号 「教育課程の実施に関する研究」 -059/076page

[検索] [目次] [PDF] [前] [次]

(ウ)対象を見て,感じたこと,想像したことを書いた例
 筆入れは,口もきけない,耳も聞こえないが生きているようだ。私をいつも見守ってくれる。あるときは,お母 さんのように,あるときは,強いお父さんのように。

(エ)A子に対する記述についての個別指導の例(机間巡視をして指導したA子との会話から)

T 「筆入れは生きている」―おもしろい表現だね。それはどうしてそう思ったのかな。
S 筆入れは,ゆすると音が出るし,私が乱暴に扱うと机から飛び出すからです。
T なるほど。「筆入れは生きている」をもっとふくらませて書くといいね。
T 書き出しには何を書くのかな。
S いろいろ迷っているんですが,誕生日に母から買ってもらったときのうれしかった気持ちを書いてもいいですか。
T それがいいね。じゃ,書き出しも少しエ夫して書いてごらん。

(オ) A子が仕上げた作品例

 「A子,お母さんよりだいぶ大きくなったね。はい,お誕生日のプレゼントよ,おめでとう。」―― 二年前母から買ってもらった私の筆入れ。鉛筆や消しゴムがぎっしりつまっている。
 小さくゆするとカタカタ音を出す。乱暴に扱うと机から飛び出して逃げていってしまう。楽しいときは大きなお なかをふくらませ,「どんなに窮屈だって,鉛筆や消しゴムさんと―緒にいるほうがいい」という。口もきけない 動くこともできない筆入れだが,まるで生きているようだ。

5.おわりに

 児童生徒の作文カは,個人差が大きく,必ずしも一斉指導だけでは十分効果をあげ得ないことが多い。児童生徒が何を書いていいのかわからないのに,「さあ,書こう」では,子供たちの作文嫌いを一層増大させるだけで十分な指導にはならないのである。したがって,作文学習をすすめるに当たっては,個々の児童生徒の実態を十分把握し,それに応じた指導を行うことが大切である。すなわち,取材→構想→記述→推敲それぞれの指導過程において,児童生徒が作文についてどんな意識を持ち,どこにつまずき,どんな悩みを抱いているかを一早く把握し,それに応じた的確な指導が必要であろう。

 そこで,これまで「診断と治療を取り入れた作文指導」という主題で考察をすすめ,そのあらましを述べてきたわけであるが,なお,その理論や,どのような症状には,どのような方法によって診断・治療すればよいかなど,具体的,実際的な面についても今後工夫すべき点の多いことを感ずる。また,診断と治療というと,児童生徒の短所だけをあげつらうむきもあるが,短所だけを指摘し治療することが目的ではない。むしろ,児童生徒個々の長所を見つけてやり,助長し,開発してやるところに診断と治療の目的があるように思われる。この点についても,これからに残された重要な研究課題であろう。

 以上の諸点については,今後なお―層の研究を深め,後日を期したい。

 ―参考文献―


[検索] [目次] [PDF] [前] [次]

掲載情報の著作権は福島県教育センターに帰属します。