研究紀要第67号 「事例を通した教育相談の進め方に関する研究 第2年次」 -054/066page

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 この指導を成立させるには,教師の指導を子供が素直に受け入れる人間関係を持つことが前提となる。これは少なくとも「今より悪くしない」ことの必要条件でもある。同時に,教師の持つ価値観や指導観などについて組織的に統合することも大切であろう。

4.留意したいこと

 服装違反は校則に反することである。学校においては校則を正しく遵守する指導が必要である。その時大切なことは,校則を「法令」としてではなく,「教育目標」としてとらえることである。

 校則を法令としてとらえた場合,教師の指導は子供たちの逸脱した行動に目が向けられ,摘発と叱責の機会を多く持つことになる。この場合の人間関係は罰を与える者と受ける者との関係となり,子供をよくすることとは離れて,子供の教師に対する反感や憎しみを育てることになってしまう

 校則を教育目標としてとらえれば,それに背く子供一人一人の指導目標とそれを達成するのに最も効果的な指導法や人間関係のつくり方などが工夫され,確実に望ましい結果が生じていくのである。教育は規則や約束を主体的に守る子供を育てることでもあることを忘れてはなるまい。

 それにしても,教師自身も完全に守れない規則や規定を定めている学校がかなりあるようである。規則があるから反発し反抗するという意見もある。必要があって決めた規則なのであろうが,子供のために絶えず検討を加えることも大切と思われる。

 最後になるが,服装違反には親自身も対処しかねている場合が多い。親へのあたたかで適切な援助も教師に期待されている役割であろう。

D.恐喝

1.実態

 恐喝は法律的に罪種別でみると,暴行,傷害,脅迫などと同じ粗暴犯にあたる。

 一般には,借り,喝あげ,カンパ,ゆすり,たかり,落しまえなどと言われている行為である。 小学校高学年あたりから,「ちょっとだけ貸して」とか,「おごって」とかいう形で金品を借りて返さない行為などが下地としてみられる。

 たまたま,行きがかりからそうした行為をする一過性の未構造な場合と,被害者が特定されて,長期かつ継続的に恐喝が行われる構造的な場合とがある。後者のような場合,しばしばいやがらせや暴力などが伴って陰湿にくりかえされ,「いじめ」のような形になる。このような場合,被害者が自宅から金銭を持ち出すようになったり,被害者を病的な症状を訴える状態に追いやったり,自殺にまで追いつめてしまうようなことにもなる。

2.問題の所在

 (1)社会的背景

 恐喝には,加害者と被害者とがあるが,両者に共通していることは,教室の中で5円や10円硬貨が落ちていても拾おうとしなかったり,落し主が現れなかったりするように「少しぐらいの金ぐらい…‥」という金銭価値観の低下,欠如がある。

 また,核家族化の中で,両親が何らかの形で働きに出ることが多くなると,子供の気持ちを金品でつないでおこうとしたりする傾向の反映でもある。

 ものごとは,何でも金を使って解決するのだとか,金がすべてであるというような,人の心までも金で買おうとする大人社会の風潮が,子供たちの心を触ばんでいる。

 (2)家庭の問題

 家庭内に家の規範が無いに等しく,家族成員がそれぞれに好き勝手なことをしている家族が多い。親が家庭内のことについてよりも,遊興的なつきあいなどへの関心が強い場合,子供はその親の態


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