研究紀要第67号 「事例を通した教育相談の進め方に関する研究 第2年次」 -063/066page

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 6.総括

 この2年間の研究を通して痛切に感じたことは学校の役割の変化である。児童生徒の反社会的行動発生の基本的要因(素因)は主として家庭の中で形成される。これは本来なら家庭の中で親が主体的に是正していくべき問題である。しかし,近年家庭の機能が低下しているため,学校が家庭に代わってその機能を引き受けざるを得ない社会的現実が出現してきているのである。

 学校はかつてのように児童生徒とはやや距離をおいた存在としての権威であるよりも,精神的な依存対象ともなり,家庭的権威としての性格をも持たされてきているのである。最近,教育にカウンセリング・マインド(簡単に「鬼手仏心」と表現されようが)の重要性が叫ばれてきているのはこのような背景によるものであろう。

 望ましい生徒指導や教育相談を実現するには,教師はこの現実に気づき,理解し,教師の役割について再吟味することが必要ではなかろうか。換言すれば,その自覚がなければ,児童生徒の現実に適切に対応できないのである。

 反社会的行動をもつ児童生徒の教育相談は教育相談の手順に従って進められていくのは当然のことであるが,問題の本質を改善・解決していくのは指導援助者と反社会的行動をもつ児童生徒との信頼関係で結ばれた人間関係である。これは児童生徒が指導援助者への信頼を自覚することで成立する。児童生徒の信頼の自覚は自らの行動改善の自覚をもたらすのである。このとき指導援助者に必要なのは児童生徒の行動改善への信頼と自らの指導力への強い信念である。そして,両者は信頼という人間関係において他を通して自己を振り返るのである。自己洞察はこの関門を通ってはじめて可能になるのである。

 ところで,洞察とは問題解決という新しい経験を成立させることである。反社会的行動をもつ児童生徒は,自己洞察において,自らの問題を選択し,決定し,それと対決し,過去の経験を動員し苦しみ,悩み,解決への努力を続ける緊張の中にあるのである。この緊張から解放された児童生徒は,ものの見方や考え方に柔軟性や融通性を拡充させ,環境−多くは親や教師−への認知のしかたや考え方を変えて人格内容の変化を生じさせ,人格の統合へと進んでいくのである。

 指導援助者はこの過程を絶えず受容し共感する努力が必要である。そしてこのとき大切なことは,受容し共感しながら,人格内容の変化に必要な新しい価値内容を与えていくことである。したがって教育相談にあたる指導援助者は児童生徒に与えるべき価値内容を自らの内に持たねばならないのである。

 教育相談の終局のねらいは,児童生徒が環境に再適応し自立していくことを援助していくことである。自立のためには真の意味での厳しい教育が必要である。それは教育が未来の夢を語ることでも,将来の生活での価値を先取りすることでも,次の学業のステップを学ぶことでもなく,今しなければならないことを行うことを最大の使命としているからである。教育は本来厳しさそのものなのである。

 厳しい教育は,児童生徒に尊敬され,愛され,信頼されている教師が権威のある人間的かかわりをもつことで達成されていく。教師自身もまた厳しい自己練磨の道を歩まねばならないのである。


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