福島県教育センター所報ふくしま No.7(S47/1972.8) -006/025page
この上もないことである。
4. 龍禪子を語る
(1)入木道秘伝の発得
龍禅子は師匠(北泉師)から入木道の技法に従って「横一」を教授された。すると龍禅子の身がかすかにふるえおののき,「わかった。」と叫んだという。北泉師は「何がわかったのか」と聞くと「鎮火水龍の秘伝が分かりました。」とこたえたので「ばかたことをいう。一生かかってもわからぬ秘伝が突如としてやってきたお前にわかるはずはない。」といわれた龍禅子は争わないで叡山にかえり徹宵してくふうをかさねたところ,うろこみな動き雨をよぴ雷を起こす底の鎮火水龍ができあがったという。
さっそく北泉師に郵送したところ「お前はわが秘法を窃んだのであろう。越法の罪許し難し。」というお叱りを受けた。それは昔も今もかってないことだから信じられないことだったからである。数か月の後北泉師は再び書をよせて龍禅子のくふう修熟したのを見極めて入木道第46世の正統をつがしたというのである。(受業門入)
(2) 霊雨
「なにごとのおわしますかは知らねどもかたじけなさになみだこぼるる」これが真筆道に対する門人の所感であった。深遠宏大な真筆道本源,その片鱗の体得さえできていない初心者でも,龍禅子の教えに心気一転して書に徹して人らしき人とする心の経過を思いつめていたのである。
昭和14年12月10目その年最後の教師会にて「白雲」「慶雲」「禅雲」と龍禅子のお筆が走り終った瞬間,はい然として時雨が過ぎた。神格に透徹された師の教授を受けられる身の幸をしみじみ思い全くの遇然とはいえ,帰路には雨が晴れて星がまたたいているのが不思議にさえ思えたのである。(田中芳子)
(3) 紙田と心田
水は魚を浮べ,魚は水によりて生きている。その水があることを忘れて,水魚一体となる境地が書道三昧である。龍禅子が三昧に入った刹那に紙をのべるのが間に合わないくらいに縦横無じん奔放自在に筆が走り,紙がなければ敷物にかき床にかき,果は虚空にかき,さながら筆の止まるところを知らない状態になったという。それゆえにちょっとみると神霊が指先にこり移っているようなありさまであった。書体を学ぶならともかく,書道を学ばんと欲するものは,この境地に到達するようつとめなければなるまい。ことばをかえていえば,書道は紙田を耕すとともに心田を耕すことを忘れてはならないというのである。(会報4号)
(4) 心身の練磨
龍禅子について,私の感謝しているのは,まず形をととのえ心を修めて後,筆をとることを教えていただいたことである。紙にむかって筆をとれば,いつでもりっぱに文字が書けるというものではない。心身の落ちつかない時は,何枚かいてもものにならない。心身の練磨が第一義である。
よっぱらって字を善く人がいる。酔墨とか酔書とかいうのがそれである。酒を使ってかくと時には実力以上の力を発揮することができるためであろうか。殊に大きな字をかく時には一パイひっかけて筆をとる人もいたのであろう。つまり心身の安定していないためだと思う。真筆道によれば何も酒をのまなくてもよい。じゅう分力の入った字がかけるのである。
先生の「龍虎」の二大字は酒を飲まないでかいている。酒をのんでかくのは字におぴえ字にのまれるから,それをごまかすためではなかろうか。平生心身の練磨をしていれぱ字にのまれ,字をおそれたりするはずはない。先生は大きくうなずいておられた。 (岩住良治,元東大教授)
(5) 書道は中国に亡びて日本に生く
昭和16年前後の学書家は,書をもって心部を修めようとするのではなく,書をもって生計をたてようというのである。だから文検(中等教員検定)に通るか通らないかが問題である。そのため,書品も,書致も,書趣も眼中になく,龍禅子の書はじょうずなのかもわからない。甚だしいのは,笑って相手にしないという凡そ鑑賞力が低く最下の人が笑うことは,道の最高たる所以と見れぱこれまた致し方ないことともいえようがなさけないことである。
中国の法帖を学び書に精通しているが如き過信がわざわいしているのではなかろうか。仏教は印度に亡びて日本に生き,儒教は中国に亡びて日本に生き,書道また中国に亡びて日本に生く。この判然たる事実を看取し,わが門に来り学びませんか。(受業門入)
人はまず書に着手する前に,道に着眼しなければなるまい。けだし,いまにも通じる名言ともいえよう。
※ 龍禅子を語るこの種の書話は,払の目を通したものだけでも, 1忘我の境 2下駄での一字 3書は射と同じ 4冷暖白知 5自嘲自奮 6入木屋欲宇伝7百家休則8三立三要,筆禅一致の妙境,黄葉集などまだまだ語りたい内容は豊富である。
5. 教授清規(教授科目)
(1) 真筆道本源
威儀用筆,48則 書論百則 秘中甚秘 秘決(2) 教授書体
楮,行,草,八分,篆,隷,飛白,仮名
(葉柳体,変体,万葉体,遊系体,鶏尾体,雲姿体,金蓮体等)古歌書式,明治天皇御製,千姿千態書式)