福島県教育センター所報ふくしま No.13(S48/1973.11) -025/026page

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あ と が き

所報第13号をお届けします。朝夕,とみに肌寒く,山々には初雪が見られる季節となってまいりました。教育研究・研修・実践等にご精進のことと拝察いたします。

ときに日本語について考えることがあるが,たとえば旅行のときの乗物について「座席指定」なる言葉がある。これは英語の“Reserved”の訳語と思われる。これは「留保された」,「とっておきの」という意味だと思われる。他の何人にも侵されない権利として,「あなたに取っておいてあげるものです」という,乗物契約に基づくその一定期間は当人に独占をさせるというふうに受け取れる。

ところが「指定」なる用語の中には,何か権威主義的な恩恵的なニュアンスを感じる。これは翻訳者があれこれ考えても日本語には適語がなかったのかも知れないが,日本人の精神構造,意識構造の深部に,あるいはその造語力の特異性に帰着するように思える。

また,「中古車」とか「中古衣料」などの言葉がある。「中古車」は,“Used car”に「中古」と「車」を複合させて造語し,対応させたものだろうが,機械はその機能を発揮させればさせる程,当然その機能は衰えてくる。「中古車」なる用語の意味は,その機構のもつ本来の目的のために使用した車,というふうに一般のわれわれの意識構造の上では認識されている。

ところが,「中ぐらい古い」という概念と,「使用された」というそれとは,言語論理的には一致しない。言語学的には,「使用された」という意味構造と,「古い」というそれとは全く別個の意味範ちゅうに属する。これは日本語の造語力の特異性によるか,非論理性によるものだろう。

言語構造はその民族の意識や発想法と深いかかわりがあるという一例を,大野普著「日本語の年輪」から引用してみると,−「おおやけ」といえば,町全体に関すること,県全体に関することであるが,遡ると,「おお」は,大,「やけ」は家という意味である。「やけ」は,今でも人の名によくある三宅の「やけ」と同じ家の建物を意味していた。だから「おおやけ」とは大きい家である。それが御殿,天皇の住居を意味するようになり,そこに住む人,天皇を指すことになったのは,すでに奈良時代である。天皇の意味から朝廷・政府,官庁という意味に広がってくる。だから, 平安朝では「おおやけ人」といえば,宮廷人,大宮人の意味だった。また,政府,官庁というところから国全体を指し,そこから今日の町全体,県全体,国全体という「おおやけ」の意味が発展してきた。

英語やフランス語に「おおやけ」に当るものを求めると,パブリックという言葉がある。これは Peopl ―人民という言葉と源が同じで,ラテン語の群衆という単語も同じ系統を引いているし,ギリシャ語のざわめくという意味のPallo とも関係があるらしい。

言葉の由来がどうであろうと,全く新しい観念が古い言葉に盛られることももちろんある。しかし言葉の歴史をたどってみると,その古い発想法が意外に強く民衆の思想に根を張っているのを発見することがある。ヨーロッパでは「おおやけ」を示す単語が,ざわめく「群衆」という言葉から発展した。日本ではそれが「大きな家」から,「政府」「官庁」へと発展した。これは役人すなわち人民全体であるような錯覚を起す。その基本的な考え方と関係があるように思われる。― 

ともあれ,言葉や文字は,いかなる文化においても,厳密,正確,正統性をもって維持されなければ,低俗化だけをもたらすことになるのであるから,言葉や文字についてもっと深い省察を行なうべきなのだろう。       (K)

 

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