福島県教育センター所報ふくしま No.32(S52/1977.8) -001/033page

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巻 頭 言

第1研修部長 古 関 順 世


 発想の転換という言葉はよく耳にするが,固定観念に拘束され,新たな思考を生みだすことはむずかしいことをいろいろな場面で体験する。

 今から20〜30年前までは,ワイシャツ姿といえば,必ずといっていいほど腕に,つり上げをしたり,ゴム入りの腕輸で袖を短かくして着ていた。この姿に何の不思議も感じないばかりか,ワイシャツというものはこのようなものでなければならないとさえ感じていた。ところが.いつの間にかこのような姿は見えなくなった。

 たまたまある本の中で,湯川秀樹博士の講演が紹介されていた。その中に「ワイシャツは明治の文明開化と共に輸入され,洋服の下着として着用されるようになったが,本来衣服というものは,着用する人の身体に合ったものでなければならないものであるにもかかわらず,西欧人の長い腕のサイズのまま移入され,それをそのまま80年間も着ていた。そしてワイシャツというものは,このようなものであるとさえ思いこむようになった」ということが書いてあったのを読んで,自分自身を余りにも標準的な日本人的感覚の所有者だったことを苦笑した。

 私は今春以来当センターに勤務し,全く新しい仕事に取り組んでいるが,この中で,教えられることばかり多いのにまた驚いている。

 先日小学校図工講座が開かれていた。この講座で講師の先生は受講者に,一辺30p位の正方形のベニヤ板を渡し「この板から,子供の遊具としての"輪投げ”を作りましょう。板は少しのはしぎれも残さず,全部利用しましよう」との課題で製作に入ったのであった。標準的な思考感覚を持っていると自負する私は,"輸投げ”の輪は円型であり,輪を投げ入れる目標になる柱は,一本の棒であることを想定し,与えられた材料をどのように切ったらよいか,自分の室に帰り,暫く受講生に負けない物を作りたいと平面上をにらみっけ,鉛筆でいろいろ作図してみた。30分位思考をこらしてみたが全く物になりそうがない。そのうち別な用務が生じたので,その仕事にとりかかり,用務が済んでから,私にはできなかったあの工作はどうなっただろうか,あれから2時間は経っていた,受講者は見事な設計をし,ミシンのこで板を切っていた,全く驚かされたのは,私の考えていた"輪投げ”の遊具の概念があまりにも固定化されていたことである。

 ここで受講者達は,丸い輪を同心円に作った人,だ円形の輪,四角形,六角型の輪等さまざまである。輪は投げて柱に入れるため,中空であれば輪の機能がじゅうぶん果たせる。従って,円型でなければならない理由はなにもなかったことを知った。柱にしても同じであった。作品になるであろう柱は,何枚かのはしぎれを寄せ集め小さな東京タワー型のものや,柱を2本作って同時使用が可能なものを考えた人,あるいは丹念に四角柱に組みたてた人,本当にさまざまであった。

 よく私は安易に,概念くだきとか,発想の転換とか口にするが,いざことにあたると口にするほどやさしいことでないことを知らされた。この講座の講師の概念くだきはどうなされたか知らないが,作品が全くさまざまであったことから,すばらしい指導があったのではなかろうかと思われた。ともすると,この最初の指導によって丸い輪ではないが,新たな画一的な輪だけを作ってしまい,柔軟な思考を存分にはたらかせることのじゃまになりかねないとも考えた。

 また一方,いくら柔軟な思考をめぐらしても,一定条件を満足させてなし得ることにも限界があることも多いのではないかと考える。例えば任意の正多面体を作ることを課しても,できあがる正多面体は5通りより多くはならないということは,皆さんご存知のとおりである。多面体は無限に存在するであろうが,この多面体に正多面体という条件一つを加えただけで,この条件を満足し得るものは5通りと限定される。もし,これ以上正多面体を要求するなら不可能をしいることになるのではなかろうか。

 ともかく許容条件の中で柔軟な思考をこらし,満足するものを模索し,作りあげる楽しみは格別である。児童生徒の指導にあたっても固定の観念・方法にとらわれず今当面している問題の解決に,教師自ら柔軟な思考をめぐらし,指導の実践に立ち向うことが肝要であると考える。しかし,条件ひとつ異なれば,また全く異なる結果が生ずることも,ごく限定された結論しか生じないことになることも当然あり得るであろう。

 発想の転換,柔軟な思考と口にはするが,実際日常の教育指導現場に具現することは,条件の多様性とからみ甚だむずかしいことである。しかし,固定観念に拘束されずに,子どものよりよい成長発達をめざした生徒優先の発想を基本条件とし柔軟な思考をめぐらして日々の教育実践に具現していきたいものである。


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