福島県教育センター所報ふくしま No.35(S53/1978.2) -001/026page

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巻 頭 言

後藤篤一氏写真

 








次 長   後  藤  篤  一

 わたしの先輩に釣りの好きな方がいる。その方は鮎の「ドブ釣り」の名手であり,たんたんとした人柄とともに釣り仲間に慕われている。

 「ドブ釣り」というのは毛針釣りのことであり,釣糸の先に20〜30グラムの錘をつけ,7メートル前後の長い竿で,しかも股下近くまで川に入って釣るなかなかきつい釣りである。

 彼は県内の川であろうと,県外の川であろうと,初めて入った川であろうと釣果は抜群である。われわれとの相違は,鮎のいそうな釣場の選定の確かさと釣場の状況(川の底石,浅深,澄濁,水温,晴曇など)にあった毛針の選び方のうまさにあると思う。

 鮎のシーズンの終わったある日,彼の家を訪問した。五本の竹竿はぴかぴかに磨かれ竿袋に収められていた。自分が工夫して作ったという,店ではお目にかかれない仕掛がいくっもあった。釣果を記録したノートもあった。そこには使用した針名はもちろんのこと,川の状態,天候から水温まできちんと書いてあった。それから百数十種にも及ぶ毛針を系統別に,赤,青,黄,黒,中間色と独自の方法で分別し,整理した針箱も見事であった。わたしには,どこが違うのかわからない針も,彼は正確にそらんじていて,その特徴を説明してくれた。

  そして,彼は「鮎釣りのこつは鮎の身になって,魚の欲しがっている毛針をこちらから選んでやることだ。そうすれば,鮎はよろこんで食べてくれる。」また「データをつくったり,あれやこれやと仕掛を考えるのは沢山釣るためではない。鮎の好みを少しでも理解しようとしてやっているだけだ。」という。わたしと似たような毛針を使い,同じような竿を使いながらも,彼が本気で鮎の心を知ろうとし,その生活を研究し,魚具を工夫している様子を見,ことばで聞いてそこに一味も二味も違うものを感じさせられた。それは,単に釣りだけではなく,わたしの事を処する時の姿勢や職場において人に接したり,備品や施設を活用するうえでの指針を教えられたような気がした。

 わたしたちの職場は「人の集り」と「仕事の集り」の二つの面が統合され,秩序だった働きをしている。人の面では単に人がおればよいというのではなく,目的を達成するための協働する人が必要である。仕事の面では仕事と仕事の関係が無理なく,無駄なく,むらのないようにきちんと関連づけられていなければならない。また仕事を遂行するために必要な「お金」・「物(備品など)」・「空間(部屋,場所)」が充分に活用されないと効果はあがらない。

 特に教育センターのように大勢の先生や生徒が毎日のように出入するところでは,単にセンター内の所員と所員の人間関係やコミュニケーションがうまくゆき,モラールが高まり,円滑な運営がなされても,それだけでは必ずしも満足とはいえない。所員相互間以上に研修の場における先生方へのちょっとした心づかいや態度や意志の伝達が大きなウエートをもって評価されることが多いからである。「相手の立場に立って」という一釣師のことばが大事だと思う所以である。

 仕事を進めるうえでの「物」や「部屋」についてもよく言われることは,役所で,学校で,あるいは研究機関で,その必要性を認めて購入した教材教具,設備などが,また特別な目的をもって作った部屋や施設が,人が替わったり,時がたつとほとんど活用されず,宝の持ちぐされになっているということである。

 当センターにも各教科にわたり数多くの備品や各種の研修室がある。それらは毎日のように先生方の研修と生徒の実習に利用されて稼働率はきわめて高い。

 ただ第一棟から第二棟に通ずる廊下の東側にある展示室が,確かに展示品はあるのだが何となくぱっとしないし,物足らない。そこで,センターにおいでになる先生方に,足をとめてもらえる,見ていただける展示室にしたいものだと考え,先生方の研究物や所員の製作品をできるだけ多く展示することにした。 幸いなことに目下,一箕小の山中先生から「巣をつくる魚イトヨ」の産卵行動のカラーパネルを,付属小の金成さんから文部大臣賞受賞の,「モンシロチョウやアゲハの観察記録」をお貸しいただき,さらに所員が現地で撮影したり,採取した吾妻山の火山活動状況のパネルや標本,安価でしかも性能が市販品より優れている光学実験装置などの製作品が集まりつつあるのは本当にうれしいことである。

 釣り人の間に「下手の長竿」という諺があるが,物や部屋の活用についても,遠くのものばかりに目をうばわれないで,近くのものを工夫し,整理することも大切なことだと思う。


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