福島県教育センター所報ふくしま No.56(S57/1982.6) -001/042page

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巻頭言


所長 舟山昇
所長 舟山昇

「手づくり」による教育

所長  舟 山  昇

 それは,まだ春浅い四月の初めの頃だった。時なし大根やら小松菜などの種を買い求めて,庭の片隅にささやかな家庭菜園を作ってみた。このようなことは,久しくやっていなかったので,「注意書き」との首っ引きというありさまであった。畝立て,水やりなど,丹精の甲斐あって,やがて数日もすると,可愛い芽を出した。そして,それは,ほどなく青々とした元気のよい葉に生長した。考えてみれば,至極当然のことだが,やはり,自分の手でここまで育てあげたと思うと,近来にない感激を味わうことができた。自分で作った野菜だと思えば,細い一本一本の葉にもいとおしさが感じられ,しかも,間引きして試食してみると新鮮で味もよく,やはり「手づくり」のものには,何かしら,いうにいわれない良さがあるものだと思った。

 ところで,「手づくり」の良さといえば,思い出すことがある。それは,盲・聾・養護学校の先生方が「手づくり」の教材・教具づくりに精力的に取り組まれている姿のことである。

 わたくしは,去る3月まで養護教育にたずさわってきたが,過日,N養護学校を訪問する機会があり,校内を案内されたときのことだった。廊下に,金棒を持った木製の鬼が立っていたので,何に使うかを尋ねたところ,これは,「養護・訓練」用の「ボール受け」であるとのことであった。「重いちえ遅れ」の子供達のために,目と手の協応動作や粗大運動感覚訓練用として,先生方が共同でアイデアを出し合いながら,製作したとのことである。子供がボールをうまく鬼の口の中に投げ入れると,ブザーが鳴り,目が光るので,その音や光に興味を持ち,何度もボールを投げることによって,子供が手足の運動を反復練習することになる。こうして運動機能の向上に役立てているのである。今まで,「養護・訓練」に参加することが困難であった障害の重い子供が訓練に加わることができるようになったそうだが,まことに喜ばしいことである。

 心身に障害を持つ児童・生徒の教育は,教師が児童・生徒の可能性を見出し,それを最大限に伸ばし,人間として健やかに成長して,自らの人生を切り拓いていけるように育成することである。そのためには,一人一人の異なった障害を持つ子供に適した教育が強く求められる。したがって,N養護学校の先生方のように,子供の実態を的確にとらえ,それに適した指導計画をたて,学習と密接にかかわる「手づくり」教材・教具を開発することが大切なのである。とくに,障害が重くなればなるほど,教材・教具の果たす役割りは大きいといわれているので,子供に適した教材・教具の「手づくり」に努めているのである。

 このような,「手づくり」教材・教具の開発は,障害を持つ児童・生徒のためのものだけでなく,広く,小・中・高等学校の教育においても,より一層配慮されることは,極めて大切なことである。

 さて,世はまさに「パック文化」・「既製品文化」の時代だといわれる。食料品や衣料品はもとより,住宅までも既製品が広く利用されている今日である。たしかに,その手軽さ,便利さは,われわれの生活を益して大である。しかし一方,その味けなさも否めない。ところで,少なくとも,児童・生徒一人一人の個性を尊重する教育にあっては,既製の教材・教具だけに限らずに,先生方自身を生かし,それぞれの学校,それぞれの児童・生徒の実態に照らして独自の教材・教具を開発するなど,いわば,このような「手づくり」による教育に当たってぼしいと願うものである。


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