福島県教育センター所報ふくしま No.57(S57/1982.8) -028/038page

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随  想

あ     じ

科学技術教育部  宮内 三良

 味(あじ)について,いろいろと考えてみた。
一般には,まず舌の受ける感覚という意味で,食物のうまさ,まずさをふくみ,あじわうという言葉などでは,物事の意味,おもむきを考え,経験などによって得られる感じとして,苦労の味などと使う。そのおもむきやおもしろみには,趣味とか興味という語があてられ,気がきいているといった使い方では,おつな味,味なまねをするなどという。

 舌で感じる味(味覚)の基本は4種,甘味(あまい)酸味(すっぱい)苦味(にがい)酸味(しょっぱい)で,この他,辛味(からい)渋味(しぶい)などは,口腔粘膜などの直接刺激による1種の触覚とされ,まただしや化学調味料などによるうまみというのがある。
 ふつう食物の味というと,これらの味の刺激を,舌などの昧蕾(味覚芽)で受け入れ,味覚神経を通じて脳に伝えられ,味覚を生じている。しかし舌の味蕾での味の感じ方は,部分によって異なり,一様でなく,甘味は舌の先端,酸味は両側,苦味は舌の根元付近,鹹味は周辺部でよく感じるといった分業化した機能をもっている。従って甘いものは,舌先でゆっくり味わい,苦いものは,なるべく舌の奥の方に広がらないようにするとよいわけである。また味を感じるには,物質が水に溶けることが条件で,固型物は,唾液にとけた分だけ感じている。

 さて生理学的には,このように説明されている味ではあるが,実際に口に入れて味わう食物のうまさとか,まずさとはどんなものだろうか。
 いわゆる味覚の基本感覚4種だけでは,食物のうまさはきめられないように思う。
 まず,目で見ての美しさ(材料の色,鮮度,形や大きさ,うつわとの調和),味わうための適温(冷やす,あたためる),かおりやにおい,そして口の中での舌ざわり,粘膜への触感などがプラスされてくる。基本的な味覚に加えて,視覚,温度感覚,嗅覚そして触覚などを全部用いて得られる総合的な感覚こそが,真のうまさ(おいしさ)であると思う。
 材料は,そのもち味が最高に濃縮された時期(しゅん)のものをえらぶ。包丁の切れあじを生かし,形,大きさをととのえる。季節のかおりをただよわせ,うつりよくうつわに盛られている。材料の特質を生かした味つけで,ゆっくりと味わう,といったところに,うまさが実感されるのではないだろうか。
 インスタント化された時代では,スーパーマーケットでの同じ味つけのパック料理が,トレーにのりそのまま食卓へ運ばれ,人数毎の予約おそうざいが電話一本で配達され,同じ料理がどの家庭でも一斉に食膳にならぶ。何ともいただけないような気がする。おふくろの味などという煮っころがしが,商品化される今の世の中で,味を説いても仕方はなさそうだが,材料のもち昧をうまく引きだして,てまひまかけたものには,それこそひと味ちがった,つくったひとのこころがつたわってくるものである。
 物事の意味,おもむきを考え,経験などによって得られるものを,苦労の味などと使うと前に述べた。
 材料のえらび方,もち味をどう出すか,どんな味付けが適当なのか,自分の手で,いろいろと苦労しながら工夫していくうちに,てまひまかけた独特のうまさが生まれてくるのだと思う。
 そのような味わいを求めて苦労するのには,忙しすぎるし,面倒くさい,そのおもむきや,おもしろみなどには,趣味もなく,興味もなくなってしまったのが,今の世のならいというものなのだろうか。

イラスト


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