福島県教育センター所報ふくしま No.60(S58/1983.02) -036/038page

[検索] [目次] [PDF] [前] [次]

 随     想

考え直してみたいこと

教育センター次長  佐 藤 玉 二

 当センターに勤務して,はや一年を過ぎようとしている。昭和34年に県職員となって20数年間、広報関係の仕事を振り出しに税務,統計,地方,農地,県民生活関係等の仕事に携わってきた。
 振り返ってみると,職場によってそれぞれ雰囲気が異なっていたことを思い出す。コミュニケーションがうまくいき,人間関係がよくいっている職場は活気のある生き生きとした空気が流れ,仕事もスムースに処理されていたが,それがうまくいっていない職場は,沈滞ムードで,上下関係あるいは同僚間においても共通の理解が得られず,そのために仕事もスムースに処理されていなかった。

 最近の職場は守備範囲が確立されているので,自分の仕事の領域を守っていれば,一応,仕事の流れは動くようになっている。だから,ともすると相互に連絡をとらないことにもなりかねない。職場においてもコミュニケーションをうまくし,人間関係をよくしていくことが必要であるとその当時も強く感じたし,その後も努力してきたつもりである。

「話し上手,聞き上手」という言葉がある。人間関係をよくする基本的なことの一つであるが,これはどの世界にも通じることである。自己中心的な考え方で理解を得られないまま相手に押しつけたりすると,かえって反発心をあおるばかりである。また,先入観をもって相手に接したり,相手の話しに耳を傾けなかったりしたら,誤った判断を下すことにもなるという認識をもつことが,人と接する場合必要なことであると思っている。また,多くの人は異なった背景の下に動いているという意識をもつことも大切である。十人十色と言われるように,人それぞれものの見方,考え方も違うし,言葉の表現も違うもの。話す場合には,相手にとって,正しい,わかりやすい,感じのよい言葉であるか,あるいは,相手の年齢や性格によっては誤解されたり,不愉快な感じをもたれたりする言葉を無意識のうちに使っていないかなど,常に反省していきたいと思っている。

 ところで,昨年もまた家庭内暴力,校内暴力,非行などが多発し,マスコミを賑わした。それも低年齢化しているという。誠に由々しき問題である。家庭,学校,地域社会,関係機関など,青少年の健全育成について懸命の努力をしているが,事件はあとを絶たない。
 子どもの最も身近な生活の場である家庭,学校において,より一層真剣にこの問題にとり組まなければならない時期であると思う。家庭においては家族ぐるみで考え,行動しなければならないと思う。また,学校においても,生徒指導の先生に任せるのではなく,すべての先生が生徒に話しかけられる先生,相談を受けられる先生になることが望まれている時期であると思う。

 先日,テレビで,ある高校3年の男子生徒が,非行から立ち直った体験談を語っているのをきいた。それは「……それまでの自分は,周囲から白眼視されていると思い,家庭も学校も嫌になり,タバコを吸い,学校を休んでは万引きなどをしていた‥・…。ある時,先生からひと言声をかけられたことによって,先生も自分のことを心配してくれているのを知り,また,長髪や服装の規制について,学校側が生徒の要望もとり入れた措置をとったことで,自分達もしっかりしなくてはならないと自覚し,それ以後は学校も休まなくなり勉強にも身が入った。そして,まだ万引している同級生などに,万引きを止めるよう呼びかけた。〜」という内容のものであった。この体験談は,子どもは,大人のちょっとした言動によっても非行から立ち直れることを教えてくれた。子どもは,単なる上からの押しつけには反発するものである。大人がうまくリードするには,まず,子どもの性格や考え方をしっかり掴む必要があると思う。そのためには,子どもとの話し合いの場をもつことが必要であると思う。しかし,それはかしこまったものでなく,雑談のできる場でよいと思う。そこからでも性格や考え方は掴めるものである。

 今年は「世界コミュニケーション年」であるという。情報伝達のメディアはますます発達し,情報化時代に拍車をかけるものと思うが,私は,人間関係をよくするためのコミュニケーション,とりわけ,人間性の豊かな子どもに育てるためのコミュニケーションのあり方を,もう一度,じっくり考え直してみたいと思っている。


[検索] [目次] [PDF] [前] [次]

掲載情報の著作権は情報提供者及び福島県教育センターに帰属します。