福島県教育センター所報ふくしま No.70(S60/1985.2) -001/042page

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著者

あ る 教 師 の 述 懐

教育相談部長 坂本守正

 教育相談部に転じて9か月,これまでの教員生活で体験できなかった様々な驚くべきこと,感動すること,そして時には考えさせられることにも出会った。そのいくつかを紹介して巻頭言とする。

 その一つは,「教育相談講座」の講座内容の豊富さと受講の先生方の旺盛な学習意欲にである。講座内容の詳細は省くが,一次研修では,発達期の精神障害,相談面接法,自律訓練法の基礎など,二次研修では,教育相談の理論をさらに深める内容を提出し,それらにロール・プレイングとカウンセリング実習の演習が加わる。そして,この二つの講座を終了すると,「学校カウンセラー養成講座」への参加となる。ここでは,種々の実習を主にして,一年を通した事例研究を行うことにもなっている。教育相談はまさしく人問理解の窓口なのである。

 また,この講座を受講する先生方が,個人あるいは集団で,定められた時間以外に早朝から夜遅くまで,私どもの部員と児童生徒の諸問題,学級経営のこと,授業のこと,そして職場での人間関係の問題などにいたるまで,望ましい方向を求めて真剣に話し合いを続けている。これらの先生方の姿を拝見していると本当に頼もしく,時には感動すら覚えるのである。

 もう一つは,教育相談事業のことである。昭和58年度の相談件数は1,712件であった。これは,児童生徒との面接の数であるので,同伴の親(保護者),もしくは引率の教師との面接のそれを加えれば,その数は少なくとも2倍程度にふくらむはずである。また電話による相談も1,229件であった。相談内容は,不登校(登校拒否),集団不適応,暴カなど,児童生徒のあらゆる問題が含まれている。今年もすでに相談件数は,1,417件にのぼっている。このことは,教育相談部の残した実績を評価しての増加であると思うが,一面児童生徒の問題行動が増えつつあるのではないかとの危倶の念も抱くのである。

 その中で,昨年の暮れ,ある中学校の教員の訪問を受けた。以下,彼の言葉の要約である。

 「3年担任である。一昨年4月,登校拒否の生徒がいることをはじめ何かと問題の多い2年生の1学級を,校長から『是非あなたに』と云われ担任した。早速,『登校拒否』の本を読んだ。家庭訪問の効用が書いてあった。3日をおかず通った。事情は好転しなかった。それでも学級経営は順調と思っていた。しかし,夏休み後,女子生徒の集団万引発生。集団いじめも表面化。悩んだが,自分の熱意で必ず解決してみせると思っていた。その年の10月,校長から,『登校拒否が長くなっているので,一度県教育センター教育相談部で相談を』ということで,私が相談に来た。相談の中で,『その生徒は,今自分から自分の行動を変えようとしていますか。とてもできそうもない欲求や課題を出していませんか。生活のこと,勉強のことでも小さなステップを考えて具体的な話し合いをしていますか。それにしても,彼が先生の指導を受け入れようとしないのはなぜでしょう。何よりもまずこれについて考えてみてはいかがでしょう。』の助言があった。これはとても衝撃的なことばであった。それは生徒と私との信頼関係の問題であった。最も大切なことを私は忘れていた。私が生徒たちを信頼し,生徒たちが私を信頼する関係をつくりあげていったら,生徒たちの,学級の問題が消失していった。私も40になって,一皮むけた感じだ。」泰然とし,しかも自信に満ちた述懐であった。

 小さな感傷的なできごとという意見もあるであろう。しかし,ここには,教育を支えるものが明確に理解できるのである。私どもの教育相談講座が熱意と意欲に溢れて進行し,教育相談事業が円滑に進んでいくのも,こうした現場の先生方の教育愛と努力に支えられればこそと,強く感じたのである。


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