福島県教育センター所報ふくしま No.71(S60/1985.6) -001/038page

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所長 折笠常弘

「研」と「修」と


県教育センター所長 折 笠 常 弘



冷たい山背の吹き抜ける4月初め,新採用教員研修会参加の若い先生たちが元気よくやって来た。忙しさと不安の毎日で緊張した面持ちの青年たちが,一泊研修の中で同じ道を歩もうとする者同土,強い絆をつくり,翌日,自信と意欲に満ちた表情で各学校に戻って行った。

第三次県長期総合教育計画の教職員現職教育計画がいよいよこの4月から始まったのである。昭和46年4月当教育センターが開所し,研修・研究,資料,情報処理教育,教育相談の各業務が開始された。その年の秋には,宿泊棟も完備し,先生方に多様な研修の機械を提供できるようになって14年を経た。今や当教育センターの教職員研修には約5,200人が145講座に分かれ参加するようになったほか,情報処理の実習に高校生が3,500人,教育相談で先生・父兄・子供,約3,000人も来所するようになっている。


4年前・森隆夫氏(お茶の水女子大教授,文教育学部長)に旧制第三高等学校(現,京都大)物理科の吉川教授のお話を聴いた。吉川先生は.ノーベル賞を受けた湯川秀樹,朝永振一郎,江崎玲於奈三氏の恩師であり,吉川教室からは.このほか多くの優れた科学者を輩出しているので,教え子に先生の指導ぶりを聞いたところ,第一に先生は優れた物理学者であったが,そういう高邁さより,広く深い心から滲み出る温かさが印象に残る方であった。第二に,授業の時は毎臥先生の創意に満ちたプリントが配られ,興味をそそる楽しい実験があった。先生が常に勉強しておられることが分かり敬意を深くした。第三に,先生のお話は,分かり易く,お伽話のように物理のお話をされ,楽しい夢のある授業だったのでいつの間にか物理や学問することが好きになった,ということであった。正に物理教育者であったのである。

吉川先生の工夫したプリント,難かしい物理学の理論をお伽話にする深い知識,学生にフィットする上手な話法,科学心を起こさせる面白い実験などは,物理学の道に引き込むほどの優れた教科指導力であった。森氏は,これを教師の「教科担任機能」(Subject,S機能)と説かれていた。しかし、そのS機能は,吉川先生の温厚さ,優しさ,おおらかさからなどの人間的魅力に学生たちが惹かれていたから発揮し得たのであろう。「好きな人,専敬する人の言うことはよく聞く」(C.ローレンツ)のとおりである。森氏は,これを「人間担任機能」(Humann,H機能)と言われた。

SとHは背腹一体であり,同時に機能しなければ教育という作用は成立しない。「教育は人なり」といわれるゆえんである。S機能は「研究」で向上するが,H機能は教師自身の人格がカリキュラムであるから「修養」でしか向上できないものである。


研修という語が,研究と修養を意味すること(教特法第19条)からも研修内容のなかではS機能の「研究」と同様にH機能向上のための「修養」のプログラムを大事にしたいものと思う。当教育センターでは,各講座で,県内外の学者,先達,芸術家を招請し,体験談・人生論等を聴講する時間や懇談の場の設定に配慮しているが,特に各講座共通に設定した「相談的教師」の演習の中で,エゴグラムという自我の交流分析法を学習しながらの研修教師自身の自我分析実習は,H機能向上の手がかりになり好評である。今,教師にはこのH機能がより期待されているのである。

当教育センターも,吉川先生のような教師像を描きながらS・H両機能の向上に資する「研」と「修」の内容をさらに検討し,それにふさわしい環境づくりに努めたいと思うのである。


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