福島県教育センター所報ふくしま No.79(S61/1986.12) -001/038page

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  巻 頭 言

坂本氏写真

   ことばのキャッチボール


  教育相談部長    坂 本 善 一





   「(涙声で)モシモシ…わたし,みんなに…シカトされてるんです…(むせび泣き)…お父さんお母さんは,『そんなことぐらい気にするな,おまえもシカトしてやれ…」。先生は,『おまえたちの問題はおまえたちで解決しな…っ』ていうだけなんです。」−これは1か月ほど前,小学生の女の子からかかってきた思い詰めた相談電話の声です。この,ご両親や先生の対応は,おそらくは“子供の自立”を願ってのことだったのでしょう。しかし,現に子供は自分ではどうにもならなくなって父母に訴え,先生に相談をもちかけているのです。そして,「気にするな」「自分で解決せよ」という親や先生の“ことば(心のポール)”をうまく受け取れないでいるのです。受け取れるようなポールを大人たちが返球してやれなかったのではないでしょうか。
 キャッチボールを上手に楽しくするには,まず,子供からのポール(ことば)をしっかりと受け止めてやることです。子供が投げるボールのことですから,どこにどう飛んでくるかはわかりません。それをしっかりと受け止めるためには,万全の構え,前後左右あるいはポールが高ければジャンプの姿勢,低ければ身を挺して受け止める体勢が必要です。また,固いグロープではボールをはじいてしまいます。しっとりとしたグローブで,引き気味に,両手で包み込むようにすればうまく捕球できます。このことは,大人と子供のことばのやりとり−ことばのキャッチボールーでも同じことが言えます。ことばのキャッチボールでは,まず,ことば(心のポール)を そのまま受け取る−傾聴する こと,すなわち“受容することである”と思います。
 そして,子供が受け取れるような手ごろなボール(ことば)を投げ返すことです。それには,子供の技能に応じて,高低やスピードをコントロールしなければなりません。ことばのキャッチボールの場合は,子供の性格傾向や先生との人間関係の深さなどの如何によって,ことばを選ぶ必要があります。先生の,不用意な冗談の一言で子供が不登校やかん黙に陥った例があります。また,すれ違いざまに先生の叱責を受け,以後その先生に口を閉ざしている子供もいます。この子供の場合は,いきなり横顔にポールをぶつけられたようなもので,うまくキャッチできようはずがありません。もし必要なら,キャッチボールをしやすい場所を選び,相手にこちらを向かせ,捕球体勢をとらせてからポールを投げる一ことばかけをする−ことが大切なのではないでしょうか。
「心の扉の取っ手は内側にある」といわれます。相手からのポール(ことば)がグローブ(心)をはじき,心の扉を開くきっかけを失い,固く心を閉ざしている子供たちも,「話を聴いてくれる人になら,自ら取っ手を回して心の扉を開き,悩みや願い−心のボールーを投げかける。」と言います。さらに,「投げかけても受け取ってもらえない,わかってもらえない。また,受け取れないようなポールを返されたときは,つらく,悲しい…。」と訴えます。「子供の心の波長に,自分の心のダイヤルを合わせると子供の声が聞こえ,訴えがわかる」ともいわれます。これは,「子供のことばにうなずき,子供のことばで話してみると子供の気持ちがわかる」ということなのです。
 問題行動にかぎらず「子供の行動は心の訴えである」と考えています。 子供と共に居て 、子供の訴えに耳を傾け、“ 心をこめてことばのキャッチポールをすること ”が,今,強く望まれています。

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