福島県教育センター所報ふくしま No.89(S63/1988.12) -001/038page

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巻頭言

学習指導部長 高橋 俊彰

 

向日葵は回るか

学習指導部長 高 橋 俊 彰


 先日ある雑誌で,小学生のヒマワリ栽培観察の実践記録を読んだ。大方の失笑を買うかも知れないが,植物のことに不案内の私は,正直のところ大いに啓もうされたのである。

 ヒマワリは花が咲けば,その花が太陽の動きとともに回るものとばかり思い込んでいたし,ヒマワリの名の由来もそこにあると疑わず,かつて英語の授業でヒマワリはsunflowerと言って太陽とともに動く花などととくとくと説明していた自分を思い出し,冷や汗をかく思いをしたのである。

 ヒマワリは発芽して10cm位に伸びた頃から,つぼみが出始める填まで正確に太陽の動きに合わせて茎の頂が動く。しかし,開花と同時に完全に運動を停止する。花は動かないのである。

 この事実も驚きではあったが,いちばん感銘したのは,この栽培観察を始めた動機なのである。

 四月に三年生担任になったA先生は,ある日の授業で,ヒマワリの花は太陽の動きに合わせて動いていく,だからヒマワリと言うのだと説明したところ,大半の児童はうなづいた。ところが,ふだんほとんど発言したことのないB君が,「うそだ,うごかねえ。」とつぶやいたのを耳にしたのである。よく聞いてみると,去年の夏休みに自分の家の庭のヒマワリを観察したのだと言う。B君の真剣な表情に真実を直観したA先生は,クラス全体で早速ヒマワリの栽培を始めた。

 B君のつぶやきは正しかった。これはクラス全員の手によって証明されたのである。児童たちの結論は,「ヒマワリの花は回らない。しかしヒマワリは回る。」であったと言う。

 この栽培観察の実践を通して,クラスの児童達の植物を見る目,自然を観察する目が養われたこと,そしてなによりも,それまで寡黙で仲間はずれにされがちだったB君が見違えるように明るく活動的になったことが大きな成果であったと同記録は報告している。

 私は,このA先生に真の教師の姿を見る思いがするのである。子供たちの微妙な表情の変化を読み取ったり,子供たちのかすかなつぶやきをキャッチできたりするには,一人ひとりの子供に対する深い愛情がなければ不可能であろう。

 現在わが国は,第三の教育改革の大きなうねりの中にあり,この改革の最も基本的な原則として,「個性重視の原則」がうたわれている。当教育センターでは,これに真正面から取り組み,学習指導部において「基礎基本の定著と個性の伸長」を研究テーマにし,研究実践をしているところである。

 当研究では,個性を児童生徒一人ひとりがもっている「よさ」としてとらえ,この「よさ」の意識化を図ることを重視している。意識化させることによって自信をもたせ,この自信が次なる行動への大きな原動力になってくると考えているからである。自分の「よさ」を意識した子供は,自信をもち,行動的になって,のびのびと行動して経験を積み重ね,自ら変容していく。これが個性の伸長であり,自己実現へのステップでもある。

 大切なことは,子供を集団として画一的にとらえたり,行動面からのみの表面的な理解に終始したり,学力即能力といった偏狭なとらえ方をすることなく,一人ひとりの子供を統一をもった人間として深く理解すること,すなわち人間は本質において同一であるという認識をもつことである。

 ここから本当の教育愛が生まれ,A先生が生まれてくる。個性の伸長を図るには,単なる学習理論や指導技術を超えた真の教育愛が不可欠である。このことをヒマワリの実践記録は教えているように思う。


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