福島県教育センター所報ふくしま No.90(H01/1989.2) -001/038page
巻頭言
予知が必要なとき
教育相談部 齋 藤 健 一
年間の医療費が20兆円になったと報じられている。それも公的な保健財政から支払われたものばかりである。その大半は,治療に要した費用で,国民を一億人と見ると,5人家族で百万円を一年間に使っている勘定になる。このことは,医療費が膨大であるばかりでなく,病める人がそれだけ多いことの証左でもある。こうした背景から,国民や医療関係者の関心が予防医学の方向に向くのも当然の事と言える。早期に発見して,早期に治療できればそれだけ医療費が少なくて済むだけでなく,病める人も少なくなり,治癒を早めることにもなるのである。
医学の世界では,病気になる前に,病気の原因となる状況の改善によって病気を予防し,さらに,体質を改善したり,運動等による健康づくりによって病気の可能性を少なくする予防医学が進んでいる。
この考え方・手法が学校教育に取り入れられないものであろうか。近年,児童生徒の問題行動が増加傾向にあり,その状態も実に複雑多岐にわたっているように思える。今年は特に,少年の非行が増加に転じ,最悪の記録となるであろうとの報道に接する昨今である。問題行動を持つ児童生徒をかかえている教師や家族は指導援助に多くの時間を割き,心労も大変なものである。まして,児童生徒自身の悩み,苦しみは計り知れないものがあると思われる。そのため,児童生徒の問題行動について,効果的な指導援助をすることが大切であり,可能な限り早期に発見することもまた重要なことである。しかし,早期に発見したとしても問題行動に至るまでは,児童生徒自身が幾多の悩み・苦しみを体験することと思われる。そこで,この点に予防医学と同様,問題行動が顕在化する前の段階で,個々の児童生徒のわずかな変化,言動,おかれている環境や状況からある種の問題行動を予測し,先手を打つことによって,問題行動を未然に防ぐことが出来ないものだろうか。もし可能なら,「万引き」とか「不登校」と言った体験をさせることなく,健やかに成長させることができ,計り知れない悩みや苦しみから児童生徒を救うことができるのである。
私は,風邪をひきそうな時に,決まって,事前に背中の腰の部分に強い寒気を感じ,扁桃腺が痛みだすのである。そう感じた時は,コタツに入ったり,少し厚着にしたりして,その寒気がなくなるようにする。すると,結構風邪にならないで済むのである。思うに,この寒気を感ずる時はそれなりの状況がそろっている時なのである。仕事が続いていて疲労が重なっている,栄養が十分取れていない,寒い所に長時間いたなどの状況が重なった時に風邪の前兆としての寒気を背中に感じ,早期症状としての扁桃腺の痛みが見られるのである。従って,私にとって,風邪の予防とは,まず,疲労,栄養,寒さなどの風邪の要因が重ならないようにすることであり,背中に寒気を感じる要因に至る状態を予知すること,そして,即座に対処することなのである。しかし,実際は,つい無理をして,疲労が重なり風邪になることが多いのである。
このことを問題行動の予防に当てはめた場合,その前兆にかかわる要因を児童生徒の日常の言葉遣い,しぐさ,体の状態,心の動きなどから察知して,その改善に努めたり,風邪の場合の抵抗力としての体力に当たる自制心や忍耐力,規範性,向上心,信頼感,存在感,自立心などの自ら問題行動への進行を阻む抑制力を常々身につけさせておくことが極めて大切なのではないかと思われる。
予防医学に大きな努力が払われているように,早期発見以前に問題行動そのものの発生をくい止めるため,予防的にかかわることが十分できたなら,悩み,苦しむ児童生徒を一人でも多く健全に成長させることができるのである。こうした意味で,今こそ,児童生徒を取り巻く教師や父母が問題行動への予防的なかかわりの必要性に目を向けて,その要因を予知することが必要な時でほないかと思われる。