福島県教育センター所報ふくしま「窓」 No.119(H08/1996.11) -038/042page
随想
入 学 式 の 朝
教育センター教育経営部主任指導主事 藤 田 克 彦
今から15年も前のことになる。
邂逅の4月。
5、6年と担任した子どもたちを卒業させて次なる子どもたちとの出会いの日。
小学校も中学校も入学式の朝である。
その教え子の名を、仮に「太郎」と呼ぼう。
新しい気持ちで、学校への坂道を車で上がっていくと………………………、
つい先日小学校を卒業していった太郎が坂道を下りてくる。
真新しい中学生の制服はダブダブで、袖口からは両手の半分ほどが覗いている。
これまた新しい制帽の下の顔は、詰襟の窮屈さに押し上げられているように見えた。
微かに色づいた桜の下の坂道を
私の車はゆっくりと上がっていく。
やわらかな陽射しこぼれる坂道を
太郎は足早に下りてくる。
太郎は近視で、私の車が直前に来るまで気がつかなかったらしい。
車の窓を少し開けて、擦れ違いざまに………「おはよう。」と言った。
太郎は、
「あっ、先生…………」と、何か言った。
車のサイドミラーで太郎の様子を見ると………………………。
太郎は、小さなサイドミラーの中で、くるりと振り返り、一瞬「気をつけ」の姿勢をするや否や、制帽をとって、深々と頭を下げた。
まさに一瞬の出来事であったが、それはまるで懐かしい映画のラストシーンのように,私の脳裏に焼きついている。
以来、その映像は、私が自分の教師を振り返る時に、必ずスローモーションで再生されるようになった。
新しい出会いの日。
拙いけれどせいいっぱい育ててきた子どもたちがいないことを自覚する朝。
入学式の朝。
昨日までの学級担任の背中に向かって「礼」をする子ども…………。
その記憶を思い出すたび、わたくしは太郎に象徴される子どもたちに育てられてきたと思うようになった。