福島県教育センター所報ふくしま「窓」 No.134(H13/2001.11)-001/036page
◇◇◇◇◇ 巻 頭 言 ◇◇◇◇◇教育は未来志向なのだから 福島県教育センター教育相談部長 中 畑 満京都大学霊長類研究所が,野生のチンパンジーを映像で紹介したことがある。子供のチンパンジーが石を道具に,楕円形をした5cmほどのアブラヤシの実を割るという興味深い内容であった。今も二つのことが印象に残っている。
一つは,子供のチンパンジーがヤシの実を割り,それを母親が食べるという場面である。
実はこの母親,子供の時にヤシの実を割る学習をしてこなかったのである。そばで子供のすることを真似るが,時期を逸した母親の学習意欲は続かず,従って今では覚えられないということ。子供に割ってもらうしかないのである。もう一つは,子供のチンパンジーが,ヤシの実割りの名人を真似,一人学習の末,コツをつかむという一連の場面である。
好奇心の強い子供のチンパンジーは,名人に近づき,よく観察し,自分もやってみようと考える。手頃な台にする石と,上から叩く石を見つけるとそれを用い,名人のするように真似,ヤシの実割りに挑戦する。「自分もあのようになりたい」。やむにやまれぬ思いは,学習者を学びへと駆り立てる。だが,まぐれでたまに割れても,石を選ぶことを知らない学習者は,失敗の連続。「どうしてできないのかな?」と悩む。そんな時,学習中のチンパンジーは名人の道具を拝借してしまう。たまたま名人が留守にしているその隙にである。いわば極意を盗むことになる。名人の道具はヤシの実が確実に割れる。
割れに驚き,感動さえ覚える。かくして,よい道具になる石の状態がわかり,学習の核心を知恵として会得する。学習目標への到達である。この例は,チンパンジーの発達課題・学習課題を象徴的に取り上げている。適期に時間をかけ,辛抱強く確実に課題を乗り越えなければ,よく生きることができないこと。学習は新しい対象と出会い,新しい意味に気付き,向き合い,自ら励み,よりよくなっていくこと。このパラダイムは実に単純明快であると言える。また,学習の基軸に関し,次のことはチンパンジーも人間と変わりないことがわかる。
・知的好奇心や学習意欲は本来備わっている
・学びはモデルをよく真似,自ら習得するもの
・学ぶ対象が明確なとき,精神は覚醒し続ける
・学びのある好ましい環境は,成長発達を促す話題は変わるが,今学校には,新たな危惧される問題がある。児童生徒が生まれながらにして持っている知的好奇心,学習意欲の低下という,従来の問題と次元を異にする問題である。
「『居場所としての学校』モノグラフ中学生の世界」1)では,その一端を垣間見せている。・役立たない授業内容が多い…48。6%
・退屈と感じる教科の授業
英語…53.4%国語…51。8%
理科…50.1%数学…49.3%
・学校の中で自分の居場所が見つからないと感じている…4人に1人
・学校に「自分のことを信頼してくれる先生」 が1人もいないと思っている…2人に1人
・人間関係のうち最もうまくいっていないのが先生との関係来年度から小・中学校で,再来年度から高等学校で教育内容が厳選された新しい教育課程が始まる。社会が繁栄から困難と不確実さの流れに変わった今,学校教育は信頼と 責任のもと,児童生徒に何を託すのか。教員は緊張感をもって,これを己に求めなければならない。「学校とは何をするところなのか」,「教員の本務とは何なのか」,「教員の誠意と 熱意とはどういうことなのか」向き直って論じなければならない。
1)ベネッセ教育研究所2001.9Vo169