泉廃寺跡 |
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ちょうどこの辺りは泉廃寺跡という遺跡なんだ。」「泉廃寺跡?」「廃寺って、お寺のことなの?」「そうだよ、この辺りには建物を建てるための基礎となった古跡が残っているし、焼けた籾や、古い時代の瓦が見つかるんだ。瓦は、奈良時代のものだよ。」「それだけで、どうしてお寺って分かるの?」「それはね、瓦屋根の建物は今では珍しくないけど、奈良時代には主にお寺だったんだ。それで、奈良時代の瓦が落ちているこの場所は、泉にある今はなくなってしまったお寺の後という意味で、泉廃寺跡と呼ばれるようになったんだ。」 |
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最近の研究 |
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「お姉ちゃん、奈良時代ってどんな時代だったの?」「今から、1200年〜1300年前のことだよ。奈良の平城京が日本の首都で、律令と言う法律があった時代なんだよ。中国から伝わってきた仏教が、この頃日本中に広まるのよ。」「それで泉にもお寺が出来たんだね。」「いや、ところがね、最近になってここにあったのはどうもお寺ではないんじゃないかということが分かってきたんだよ。平成6年から泉廃寺跡の発掘調査をやっているんだけど、泉廃寺跡で発見される建物跡は、どれも造り方や並び方の特徴がお寺のものとは違ったんだよ。発掘調査が進むにつれて、泉廃寺跡は奈良時代に、お寺と共に重要だった役所の跡だったんだ。」「そうなんだ。 最近、原町市教育委員会で行っている発掘調査によって、泉廃寺跡がお寺ではなく、実は行方郡の役所の跡だった事が分かってきたんだ。」 |
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行方郡役所跡 |
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「役所?」「そう、役所だよ。今の日本が、全国は都道府県・市町村に分かれているように、奈良時代には国と郡に分かれていたんだよ。今の福島県原町市は、奈良時代には陸奥の国、行方郡と呼ばれていたんだ。それで、福島県には県庁があり、原町市には原町市役所があるよねぇ。」「そっか、じゃあ当時も国の役所と郡の役所があったのね。」「そのとおり。陸奥の国の役所は、有名な多賀城だよ。でも、行方郡の役所はこれまでどこにあったのか、またどんなものだったのか、最近まで分かっていなかったんだ。」「そうかぁ、それが泉廃寺跡なんですね。」 |
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