わたしたちの町 飯野 小学校社会科資料集 - 033/048page
●明治揚水(ようすい)
明治地区は、水が引ける川が近くにないため、毎年のように水がたりませんでした。昭和36年は6月になっても雨が降らないのでたいへんこまりました。地区の人びとが集会(しゅうかい)を開き、阿武隈川から揚水(ようすい)(水をあげる)計画を立てました。
その後、明治地区土地改良区(かいりょうく)を作り、国や町からお金をかり、昭和37年4月30日、自分たちの力で工事をやりとげました。
▲ 取り入れ口(猫山)
▲ 舟場のあたりのようす
▲ ポンプ(舟場)
ポンプを利用して、60〜80m低い阿武隈川から水をくみあげています。
お米を作るために、いろいろな苦労をしているんだね。