梁川町郷土史年表-007/028page

[検索] [目次] [PDF] [前] [次]

時代区分 西暦 年号 月日 事項
近世 江戸 1733 享保18   諸国凶作、早害(註)3
1735 〃20 早害(註)4
1736 元文1 水害(註)5
◎(註)12345 白根村年貢割付文書より
1737 〃2 梁川は岡村代官、辻六郎左衛門、原新六郎預りとなる。
1738 〃3 12月、天野助次郎、代官となる。(梁川川俣陣屋)
1744 延享1 9月、梁川は代官辻六郎左衛門、山本平八郎当分預りとなる。
1745 〃2 代官竹垣治郎右衛門 梁川高3万石(30ケ村)は川俣陣屋付となる。
2月、福島領惣百姓一揆・訴願(信達四大一揆)
1747 〃4 井上河内守正経、常陸国笠間より磐城平に移封され、梁川(3万石)を支配する。
1749 寛延2 大凶作 3月より5月まで大旱魃
信達両郡幕領惣百姓強訴(天狗騒動)(信達四大一揆)15,700人参加。
1750 〃3 百姓の徒党強訴逃散を厳禁し、前年の一揆に対し560余名の処刑を行なう。
1755 宝暦5 大凶作 水害
平藩主 井上正経、遠州浜松に移封のため、梁川は会津藩主松平容頒の領地となる。
1756 〃6 安藤対馬守信成(信明)美濃国加納より移封、平藩主となり梁川はその支配となる。
1757 〃7 幕府、蚕糸・蚕種に課役
1764 明和1 助郷転嫁紛争
1766 〃3
1767 〃4
1769 〃6 この頃から登世糸さかん
○明和年間、福島の回漕業者渡辺十郎右衛門、阿武隈川を改修。
1772 安永1 大凶作
信達二郡の17ケ村、日本蚕種本場の称号を与えられる。
蚕種冥加余(180両)を各村に課す。
1778 〃7 伊達郡内平藩領は笠間藩旧領と引替えのため幕領となり、代官蔭山外記、野田彌市右偉門当分領りとなる。(2月)
代官水谷祖右偉門梁川支配となる。(11月、川俣陣屋にて支配)
1783 天明3 大凶作 4月より長雨、天候不順
浅間山噴火(7月5日より)


[検索] [目次] [PDF] [前] [次]

掲載情報の著作権は梁川町教育委員会に帰属します。
梁川町教育委員会の許諾を受けて福島県教育委員会が加工・掲載しています。