月舘町伝承民話集 -048/200page
「とんさい」の亀公
むかし、上手渡の古屋に頓才にとんだ気転のきく人がありました。此の人は幼名を亀治といい、下手渡立 花様のお屋敷に出入しているうちに、その頓才を認められ、殿様に亀公、亀公と可愛がられました。殿様が 九州三池に行かれる時に、亀公(長じて、沢右衛門と改名してからも殿様は、亀公、亀公とお呼びになった) を呼んで、「亀公、此度九州に行かねばならなくなったが、長い道中なので亀公が側にいてくれないと、道中 淋しくてならない。どうだ伴をしてくれぬか。」といわれたので、亀公は日頃のご恩に報いなくてはと、喜こ んでお伴をした。
五百里に余る道程なので、亀公は道々殿様を慰めることを忘れなかった。
道中恙なく九州三池に着いたのは12月だった。亀公が何時も面白いことばかりいっているので、三池の 侍が 「亀公、お前の方では、梅の花は何時咲くか。此処では、今咲いているよ。」といったので、亀公はすか さず「おらの方では、3月に咲くぞい。3月は12月よりも早いとの意味であった。
又「手渡は、どんな所か」との問いに対して「オラガ方はない、江戸、手渡、京都といって三ドだぞい」といった。九州侍も亀公には「カナワナイ」と亀公の気転に舌をまいた。この外にいろいろ頓智のよい話が今もなお、里人に語りつがれている。