月舘町伝承民話集 -051/200page
女はとても喜んで、今日中に苗を植え終れば、故郷に帰れると思ってわき目もふらず、田植を始めた。しか し、その下女は生後間もない乳呑児を持っていた。下女はその乳呑児を背に負い、夢中になって苗を植えつ けていた。乳呑児はその時風邪を引いて時々せきをしていたが、下女はすっかり乳呑児のことなど忘れ何か につかれたように苗を植えつづけた。陽は漸く西にかたむき暮れかかった頃に、とうとう一反歩の田全部の 田植を終った。下女はホッと一息ついて「ああ、これでよかった。なつかしいわが家にも帰れるのだ。」と喜 びながら、背中の赤ん坊を自分の胸に抱こうとした。ところが赤ん坊の様子がおかしい。ぐったりして動か ない。赤ん坊はとうに死んでいたのだった。下女は、余りの悲しさに声をあげて泣きさけんだ。しかし赤ん 坊は、とうとう生き返らなかった。
それから後、この田に苗を植える時は毎年雨が降って悪い日が続いた。村人は誰いうとなく、あの乳呑児 の恨みが、こうさせるのだといううわさが広まった。そしてみんなで相談して、その田の側に小さな地蔵様 を建て、赤ん坊の霊を慰めることになった。その後、村びとたちは別の場所に地蔵様を移し、ねんごろに供 養をした。しかし、それからもその居酒屋にもいろいろの事が起ったりしたので、村では赤ん坊のたたりだ といううわさが広まって地蔵堂に寄りつかなくなった。そして、地蔵堂は荒れ果てて行った。そこで、心あ る村びとたちは再び地蔵様を元の所に移して、拝がむようになった。どこの家でも子供が風邪をひくと、地 蔵様の首を縄で縛って早く快くなるように祈った。乳呑児の母だったあの下女もいつからか村から姿を消し ていた。その後何年かたっても、彼女の消息を知る人は誰もいなかった。村人たちは地蔵様を風邪引き地蔵 と呼ぶようになった。