月舘町伝承民話集 -166/200page

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い。直五郎はこの山中で今は幽明境を異にした友を守って、お通夜をする決心をした。

 今頃、天狗さまの実在を信ずる人は極めて少いと思うが、先日ある天狗研究の博士は、テレビで天狗は実 在します、と断言するのをきいた筆者は、一説として面白く拝聴したというに過ぎないけれども、その当時 の人びとは西山に天狗が住んでいたと信じていたようである。一晩のうちに、大きな石を動かしたり運んだ りする天狗平という場所なども現有すると信じていた。直五郎とて、天狗実在説の否定論着ではなかった。

 ところで、夕闇のせまったころ、目にはっきりはわからないが、静寂を破って何者かが直五郎の身辺を包 囲したような感じである。死者と深夜一しょにいるのさえ仲々の恐怖であるのに、その上に世にも恐しい天 狗の襲来である。それも単数ではなさそうである。天狗連の集団に襲われたらどうしょう。髪の毛は一本一 本逆立ち、日ごろ剛気の直五郎も恐怖のどん底におののかざるを得なかった。夜明け前にこれらの怪物ども は消え去り、これが正体を確めることはできなかった。果して天狗どもであったか否かはしばらくおき、老 猿どもの襲来であったことには間違いのないところである。

 翌朝になって、直五郎はひとりの猟師を山麓において見つけた。おうい、おういと必死になって、直五郎 は未知の男に呼びかけた。しめた。こちらをむいたではないか。直五郎は昨夜からの事情を話して、協力を求 めた。猟師は村にもどって、駐在所から電話をかけてくれることを約束した。この猟師は、直五郎との約束 をりっぱに果たし、村方に伝えてくれた。その日の夕方、村方四、五十名の人びとが、神官や村役人と共に板 戸をもって迎えにきてくれた。治郎兵衛は、毛布につつまれこの板戸に載せられ、無言の帰村をした。悲し きなかに村葬にも等しい盛大な葬式が営まれたという。


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