「ふるさとの小径を行く」 -021/168page
佐藤一族の支城
西館跡月舘の館ノ腰にある小高い丘状の山が「西館」と呼ばれる館跡で、現在土地所有者によって小碑が建てられています。西館は小手濫觴記はじめいろいろ な記録に出ていますが、その所については異説もあります。
館主は、飯坂大鳥城主佐藤基治の一族佐藤民部義忠とされています(伊達秘録等)。民部は、文治五年に源頼朝の支隊浅羽の一隊によって攻略されたといわれます。また、民部の後裔忠俊は、霊山の北畠氏に仕えて戦死し、坊主山(大糠塚)に葬られたともいいます。西館の中段にある小さな薬師堂は、忠俊が息女小笹姫の病気平癒を願って薬師像を祀ったものと伝えられています。(小笹姫については薬師寺縁起にもあります。)
忠俊の没後土地の豪族服部掃門の居館となりましたが、政宗に帰属して岩沼の近くの西館に封ぜられ館ノ腰村をつくり、館ノ腰神社を祀ってあるといいます。その後、当地に残った高橋氏が守護神を奉じて今日に至っています。