「ふるさとの小径を行く」 -064/168page

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中古屋の摩利支天

 布川の大木坂より犬飼へぬける山道の頂上に、約七〜八0平方メートルの広場を前にして雨露をしのぐ屋根の下に東向きに立つ石塔が「中古屋の摩利支天」です。碑の高さは約一メートルで、正面中央に「天照皇太神宮」右に「三寶荒神」左に「摩利支天」と刻まれ、右側面には、中央に「国祝」その下に「流方門手廿三人」「兵術門手廿六人」左側面には「寛政三子年十月」と記してあります。

 この所には、昔武術の道場があったといわれ、道場主である大木坂重蔵(一説には斎藤重五郎)という棒術の達人が、武術の守護神である三神を祀り、門弟とともに精神の修養・武術の上達を願って建立したものといわれてきました。

 この石塔の後方に、「重嶽良雲居士」の法名を刻んだ墓碑がありますが、文化元年没の重蔵の菩提を弔うために門弟たちによって道場跡に建てられたもので、重蔵の墓は小込沢の旧墓地内にあり、石碑も建てられています。武術を通した人間修養の姿と師弟のきずなをしのばせてくれます。

 広場の周囲には松の古木が立ち、地域の人々の憩いの場であり、旧三月八日の祭日には出店なども並び、踊りも催されるなどして賑わった所です。

中古屋の摩利支天
中古屋の摩利支天


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