「ふるさとの小径を行く」 -080/168page
年三月、観音堂を寺前に再建、現在のように安置されるようになりました。聖観音ですが、安産守護の御仏として祈願され、また子安観音、子育観音とも呼ばれています。信達三十三観音第五番の札所として参詣の人も絶えません。
山門脇に建てられている総丈ニメートル余二段の台石の上に立つ碑が「慶応三年の供養碑」と呼ばれる石碑で、正面に「南無阿弥陀佛」右側面に「慶応三丁卯年十二月」と刻まれています。
この碑は、もと口明石にあったもので、立花藩によって斬罪に処せられた罪人の供養のために建てられたものでしたが、明治の中頃現在地に移され、参拝者によって供養を続けられています。