「ふるさとの小径を行く」 -101/168page
医王山薬師寺(薬師堂)
字元苗内にある薬師寺は、真言宗豊山派に属する寺院です。薬師寺の本堂の西にある急な石段を昇りつめたところに、鐘楼を前にした薬師堂があり、薬師寺の起こりとなった高さ五十一センチの木造の薬師像を安置してあります。
この寺は、薬師寺縁起によると、文治五年(一一八九)源頼朝の奥州征討に先立つ内紛で死んだ藤原忠衡の妻小笹が、亡夫の冥福を祈るため、日頃信奉していた薬師如来を奉持し、落髪して妙幸比丘尼となり、上糠田村に来て、瑠璃光庵を結び信仰生活に入りました。(小笹にいては、福島市大鳥城主佐藤氏一族、佐藤民部の妻または娘の説もあります。)
その後、大鳥城主佐藤家を再興したので、領主義信、義忠に故事を説くとともに、京都の仁和寺親王に請い、当時仁和寺で仏門に入っていた忠衡の子観月僧都を招いて開山しました。承元四年(一二一〇)のことといいます。観月下国のとき、ご染筆とともに、女神山瑠璃光院薬師寺という寺号も下賜されたということです。
その後、国乱れて帰依信仰する人も少なくまた、建武の頃、寺院焼失のこともあって久しく無住寺と