あだち野のむかし物語 - 006/037page

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布沢(ぬのざわ)の衣掛(きぬか)け松(まつ)
   
 
東和町

 昔むかし、大昔のこと、野や山は霞に包まれ、遠く西の方の山々もかすんで見える、春も遅い暖かい日が続く或る日の事でした。

 若い弁天様は、木の芽のふくらむ音や、小鳥が木から木へ移りさえずる声にじっとしていられず、美しく着飾って羽衣(ほごろも)に身を包み、青い空に向かって飛び立ちました。

 しばらくして、木のあまり生えていない山にふんわりと降りてみました。白猪森(しらいのもり)です。白猪森は、口太山(くちぶとやま)とこの里で一番高い麓山(はやま)(羽山)の間にあり、網代傘(あじろがさ)を伏せたような形で、上の方は平らで広い所だったといいます。山一面に赤や黄色、白など色とりどりの花が咲き乱れ、蝶も交じり飛び、西山の残雪は灰色に変わり、弁天様は、ただ呆然(ぼうぜん)とその素晴らしい景色を眺めておりました。

 弁天様がふと足もとを見ると、そこに拳(こぶし)を挙(あ)げ、弁天様を呼んでいるかのような形をした草が生えていました。初めて見る草で、蕨(わらび)とは知らず、物珍しさからひと抱えも摘(つ)み続けました。そうしているうちに蕨の根元に生えていた茅(ちがや)で、さっと指を切ってしまいました。「痛い、ああ痛い。」と言っているうちにも、白い肌の手は赤く染まり、せっかく今まで喜んで採った蕨を、「いまいましい、こんなものを摘んでいたから、こんなことに。」と、辺り一面にまき散らしたといいます。それからこの辺りは、白猪森でも蕨が生えない所と伝えられています。

 怒りも鎮(おさ)まらぬまま、弁天様は再び西の方を目指して飛び上がりました。見下ろすと、樹々(きぎ)の芽が美しく口を開き、弁天様に声をかけてくれているようでした。幾山か越えて山の間を見下ろすと、水がこんこんと湧き出ている所があったので、弁天様は、そこに静かに降り立ちまし


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