あだち野のむかし物語 - 008/037page

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た。若者は、「ああ、何と不思議な美しい薄絹の衣であろう。このような着物はいまだかつて見たこともない。」と、独り言を言いながら、「そうだ、家に持ち帰って、母様に見せてあげよう。どんなにか喜ぶことだろう。」と思いながら、美しい衣を松の枝から静かに取りはずし始めました。

 弁天様は驚いて、「それはなりません、私のもの。人様にはご用のない、天女の羽衣なのです。どうかお返しください。」と、身を隠しながらも思わず声をあげてしまいました。

 若者は突然のことにびっくりしましたが、羽衣と聞いてさらに驚き、よけいに天女の羽衣とやらがほしくなってしまいました。そして、

「羽衣ならば家に持ち帰って、我が家の宝物にいたしたいと思います。」と言い出しました。弁天様は若者に泣き寄りたくも思いましたが、裸であることにはっとして、立つ事も動く事も出来ず、たださめざめと泣くばかりでした。このような事が半時(はんとき)ほども続いたでしょうか。さすがに若者も可哀想(かわいそう)になってきました。それで、「あなたがまことの天女なら、天女の舞を舞うことができるはずですね。もし、その舞を見せていただけるのなら、お返ししてもいいですよ。」と問いかけました。

 弁天様は、それはありがたい事と何回もお礼を述べました。乾きあがった衣を返してもらい、元のように着飾って、また幾度もお礼を述べるうちに、天女は静かに地上から離れると、風に和し、透き通る花がさざめくように揺れ舞いつつ、その姿は大空に高く昇っていきます。その道筋には満天の虹がかかり、辺りの山野にはまばゆいほどの七色の輝きが映りました。「みちのくの東遊(あずまあそ)び」の曲の調べに乗せて、聞いたこともない不思議な笛の音や琴鼓(きんこ)の音が春の雲に広がり、天女の舞うあでやかな姿は次第に高く大空に舞い昇り、やがて、霞の中を遠く木幡の弁天山に消えたということです。


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