須賀川市人物読本 先人のあしあと -013/134page

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俳句に生きた市原(いちはら)たよ女(め)

 市原(いちはら)たよ女(め)は、安永(あんえい)五年(一七七六年)に須賀川に生まれました。今から、百十数年もむかしのことです。お父さんの名は寿綱(よしつな)、お母さんの名はたかと言い、兄さんや姉さんたちきょうだい七人のにぎやかな家族の中で、みんなにかわいがられて育ちました。

 市原家は、代々つづいた古い家がらで、大きなつくり酒屋でした。また、大庄屋(しょうや)(江戸時代にとのさまにたのまれて、仕事をする今の市長さんのような仕事)でもありました。

 そのころのとのさまは、白河城(じょう)の松平定信(まつだいらさだのぶ)というたいへんりっばな人で、良い政治(せいじ)を行いました。そのため、学問・芸術(げいじゅつ)・産業(さんざょう)がさかんな時代でした。しかし、一方では、外国の船が日本にやって来て、なんとなくさわがしい不安な時代でも


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