須賀川市人物読本 先人のあしあと -054/134page
亀五郎がその工事をうけおったのは、明治二十年二月のことで、四十四才の働き盛(ざか)りのころでした。何しろ、現在のような機械もなく、ノミとつちで石を打ちくだく作業なので、ひと打ちしても、ほんの少しきずがつくくらいの進み方で、五、六人の石工が一日働いても、ごくわずかしかほることができませんでした。それでも、朝早くから夕方おそくまで働きつづけました。
四月もなかばころになると、農家の仕事もいそがしくなり、村から出ていた人夫も、一人へり二人へりして、少なくなり、作業も進まなくなりました。
亀五郎は、石工(いしく)の人夫を集めるために、苦労を重ねる日がつづきました。村人たちも、ときおり工事の進み方を見にきては、あまり進まない仕事ぶりに、これでは完成は無理かなと、心配顔でした。
農作業がひまになると、村からの人夫も出るようになり、作業もいちだんと活気を増してきました。
冬の期間は、雪まじりの冷たい風が吹きこみ、鉄のノミを持つ手が、ピタリと