長沼町の伝説 -061/224page
三平坂の由来 《志茂》
志茂日向上屋敷より岩瀬村高村を経て、七ツ石に至る町道 である。今から約百七、八年前、村に、半兵衛という部落庄 屋をつとめていた人が住んでいた。村の不便を考え、自費を 投じてこの坂を開通した。それ以来、この坂を半兵衛坂と呼 ぶようになった。
ある日、村の地主がこの坂を通ったとき、腹の工合が良か たのか、屁を三ったれた。家に帰った地主はあの坂は半兵 衛坂でなく、三屁坂というようになり、それ以来、三屁坂と 呼んでいた。いつしか三屁坂が三平坂と名称が変ったという。
(話者 菅野 精一)
七曲り坂 《志茂》
志茂、日向屋敷の裏に七曲りと呼ぶ坂がある。志茂村は山の北に耕地が沢山あって、この田や畑に行 くのには、裏山を越さなければならなかった。急な山なので、七回曲って道が付けられていたので、い