長沼町の伝説 -095/224page
所に広い石畳があり、そこに、宮島型の大きな鳥居が建てら れてあった。
頂上までの石段は高い所ほど大きな石が用いられ、往時の 人情の淳朴さと信仰の深さがうかがわれる。頂上の境内は広 く、立派なお宮が建てられてあったが、今は朽ち果ててその 面影もなくなってしまった。
頂上の四季の眺めはまた格別である。江花八景の一つとし て、高土山の暮雪、一斛田の落雁、羽黒山の秋の月と称せら れたそうだが、今は登る人も稀で昔の語り草となっている。
(話者 柏村英一)
石背国造神社由来 《長 沼》
郷社、石背国造神社は豊町に鎮座されていて、明治四年、 国造戸上神社と諏訪大明神神社が合祀され て、石背国造神社の称号となった。
国造戸上神社は、昔、日高見山に創建して、国造建弥依米命を祀り、国造の裔孫が祭祀の職を世襲し たという。宝亀年間、国造の裔孫、磐瀬朝臣人上の靈を配祀して、国造人上神社と称した。