長沼町の伝説 -107/224page
されている。姉比丘尼の供養のために建てられたものか、姉願堂と呼ばれ、ありがん堂となまったとも いわれる。
また一説には、源氏の武将、村上貞行が八幡太郎義家が埋めた埋蔵金を探しに来て、見つからず、も どれなくて、姉が迎えに来てももどらず一緒に住んでいたが、この地で亡くなり、貞行は名を、大日坊 と名乗り、姉の供養のために堂を建てたともいう。それを姉願寺といった。
大日坊は、のちに修業を積み、日置上人日尊となって、里守屋の満願寺を開いた人だともいう。
(話者 江連 栄)