長沼町の伝説 -110/224page

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鶏渡權現様の由来 《志茂》

 志茂鶏渡の字名は、鶏渡權現様がこの地に祀られてあったので、その名がある。鶏渡權現様は蒲沢屋 敷の和田一族の氏神様で、現在、字鶏渡の和田勝明氏の宅地内にあった。

 県道ができる以前は、蒲沢屋敷より長沼に通ずる道は、この鶏渡權現様の森の所を通り、沼の御前の 所を通った、古い道筋である。明治の中頃に、和田家の本家の地に、權現様を移した。

 權現様の所には別の二つの祠が祀られてある。一つはイボ神様で、手足にイボができると、ここに祀 られている丸い石で、イボをこすると、イボが取れるという ので、昔は子どもたちの信仰があった。イボが取れると、ま た丸い石をお礼に上げた。

 もう一つの祠は氏神様なのか言い伝えはない。ここに阿弥陀 様の石像が立てられてある。その裏側には、「元祿六年、春岩 道意信士、和田五郎左衛門」と刻まれてある。和田氏の先祖様 であろう。

 なお二九弁の菊花の紋も刻まれてある。權現様は悪病の神 様として、昔は屋敷の人はもちろん、遠くの人が沢山御参り に来たと伝えられているが、今は訪れる人もない。

        (話者 和田助一)

鶏涯権現様
鶏涯権現様


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