長沼町の伝説 -118/224page
観喜寺入口 子安觀音堂由来 《新田》 桙衝新田屋敷の西に、三間四方の觀音堂がある。旧桙衝村の庄屋、安藤雅楽栄信が安永七甲戍年閏七 月十七日建立したもので、本尊は高さ一尺五寸(四五・五センチ)の木仏立像で、岩瀬郡上柱田村の仏師 大原右京、七十三歳の作である。 開眼は長楽寺中興二十三代、現英光諄法印で、本尊を安藤觀音と呼んでいる。尚堂宇の中には、円谷
観喜寺入口
桙衝新田屋敷の西に、三間四方の觀音堂がある。旧桙衝村の庄屋、安藤雅楽栄信が安永七甲戍年閏七 月十七日建立したもので、本尊は高さ一尺五寸(四五・五センチ)の木仏立像で、岩瀬郡上柱田村の仏師 大原右京、七十三歳の作である。
開眼は長楽寺中興二十三代、現英光諄法印で、本尊を安藤觀音と呼んでいる。尚堂宇の中には、円谷