長沼町の伝説 -140/224page
法燈国師
頃は人皇八十九代、亀山天皇の御代、文永年中に、岩瀬郡不時沼(富士沼)庄江花郷長沼の里に大変剛 猛な人がいて、幼いときより殺生を好み、長じて猟師となった。
長沼の里より十七、八丁東に、会沼(又は長沼)という細長い沼があった。彼の猟師が、しばしばこの 沼に行き、猟をしていた。ある日、一番いの鴛鴦が、水上に浮んでいたのを、弓に矢をつがい射ったと ころ、雄の首を射切った。よい獲物を得たと喜び帰った。その夜より毎夜、この沼に虻や蚊の集まり鳴 くような声がする。何か物を言ってるようなので聞くと、
暮ぬれば恋しきものを会沼のまこもかくれの独寝の声
と高く言い終るかと見れば、水上より炎がもえ上がった。
このことは、近村にも聞こえたので、妖怪を恐れて、日暮れになれば、人の往来はばったりと絶えた。 彼の猟師がこれを聞き、再び弓矢を持って、沼に行ったところ、人のもの言うように、そのあたりより 怪火が燃え上がった。ここをねらって射つと、当ったとみえ怪火は消えた。
闇夜のことなので、そのまま帰り、翌朝、行って見たら鴛鴦の雌が矢に当って死んでいた。取上げて 見ると、左の翼に雄の首を狭んでいる。さらに翼を返して見ると、羽根にかすかに「暮れぬれば」の歌の 文字があるように見えた。さすがの猟師も鴛鴦の愛情の深さを感じ、しばらく涙にむせび、鴛鴦を抱い て家に帰った。