ふるさと昔話 - 008/056page

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  第二話 胡麻のハエの胡麻のハエ


 長沼のお殿様の火急の用事のお手紙を馬よりも早く水戸のお殿様にとどけたお礼に、甚造兵衛は立派な南部鉄ビンを水戸のお殿様より頂戴して木箱に入れて大事そうに背負って帰る途中、胡麻のハエに見つけられました。

 胡麻のハエは何やかにやと言いよって甚造兵衛と旅友達になり、荷物を持ってくれるというのです。鉄ビンをお金と見まちがえたのでしょう。
 カもちの甚造兵衛のことですから鉄ビン一つ位、へッチャラなのですが相手があまり親切なので、「それじゃあお願いすべい」
と胡麻のハエにたのみました。ところが胡麻のハエの足がどんどん速くなり、とうとうかけ出しましたが、足にかけては誰れにも負けない甚造兵衛のことゆえ、到々胡麻のハエは根を上げてフラフラになってしまいました。

 「お前さん、大層疲れたようだから今度はわたしがお前さんの荷物を持ってやるべえ」といって胡麻のハエの荷物を全部持ちました。
 夏のこととて暑いので胡麻のハエはフンドシ一本に腹巻きひとつでいよいよ出発。

 甚造兵衛が風のような速さで飛んだので胡麻のハエは見る見るうちに引き離されたからたまらない。
 「助けてくれいー胡麻のハエの胡麻のハエー荷物を返してくれいー」と追いかけましたが、とうとう甚造兵衛の姿を見失ってしまいました。

 

 

  第三話 唐くわはいらない


 ある日、甚造兵衛は山蔭の会津中野村(安積郡湖南村)に処用で出かけました。ところが村の若い衆が五、六名道ばたで共有地の笹もだの開墾をしているのを見て言いました。

 「山蔭の中野という処は珍らしいところだ。笹山を開墾するのに唐ぐわを使わなければおこせないのか、中通りはそんなわずらわしいものは使わないよ」これを聞いた若い衆達は少々むっとして言いました。

 「ほほー、それは面白いことを聞いた。それでは中通りの笹山開墾のやり方を教えてもらいましょう」と甚造兵衛の周囲に集まってきました。すると甚造兵衛は「それはね、こうしてするんだよ」と熊手の様な大きな手で田の草か、畑の草むしりのようにかきまわして見る見るうちにきれいにしてしまいました。

 


  第四話 フロ汲み


 あるとき、甚造兵衛が山蔭の中地部落を歩いていたら道端の小川からフロ水を手桶で汲んでいる若い娘さんがおりました。
 井戸がないのか小高い岡の上の家まで水桶を両手にさげてはこんでいるのを大変気の毒に思い、
 「わしが水汲み手伝うべえ」というと風呂桶を両手で持ち小川にジャンプと入れ水を一杯くみ入れたままスタコラ、スタコラ、風呂場にはこびました。

 追分け峠をこしてくる途中、綱どり不動のがけ下に成田(梅田)


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