ふるさと昔話 - 011/056page
あって宿を逃げました。が、追手がきびしくとても逃げきれませんので、いっそ死んでしもうと………それにしても里の父親がかわいそうでなりません。年貢のかわりにわたしを売って、売った代金を追いはぎに盗られ、その追いはぎの親分が、人もあろうに花見屋の大番頭とは………」
「ねえさん、心配しなさんなあ。わたしがあとは引き受けやした。私の背中におぶさんなあ、しっかり肩につかまって振り落されぬようにツメをたててしがみつきな」
「申し訳もございません」
「お礼を聞くなら長沼町で、今夜はこれから月とおいらとどっちが勝つか、間道を通って石川に出る。それから後は風まかせ、明日の夜はおいらが納屋のワラふとんでゆっくり眠ってくんなんしょう」と言いながら、ねえさんを軽々と背負って月の夜道を一散走り、その速いこと、速いこと。一生一代、甚造兵衛が男をかけたいだ天走り「あらはずかしい、甚造兵衛さん、あたしのだて巻きが解けました。とめて下さい。しめなおします」
「帯は夜中に解けるもの、ちょっともはずかしくも、おかしくもありません。ただだて巻きを落さぬように端をしっかり持って下さんしょう」
「追われる体だ。一刻も早く安全地帯に逃げきりゃしょう。それまでねえさんがまんしてくんなあ」
「すみません。すみません」背中でわびるねえさんの、それも美しいねえさんの声を聞いてはたまらない。甚造兵衛のカがわく。速さは一段と加速度を増す。ねえさんのだて巻きが、ヒラヒラと風になびく、ニ丈八尺の赤いだて巻きのはしが地面につかずに波を打ったと云う。
(跡見塚古墳群全景)