ふるさと昔話 - 019/056page
った。
さて、一体これからどうしよう。二人持金〆て五十ニ両あるから倹約すれば五人の旅はなんとかきりぬけられるとしても家ヘの土産物などはどうにもならない。野宿をしないばかりの旅を続けることになる。坂本某は新田出発以来肌身離さず身につけてきた郷里の昆沙門様のお札を宿の床の間にかざり一心に「南無昆沙門天王」とロに唱えて祈り始めた。同行の友人達も、宿の番頭、女中たちも目を白黒させて坂本某の熱心な姿に目をみはっていた。
祈ること半時(約一時間)、坂本某は耳もとで
「生駒の昆沙門様へ参れ、生駒へ行け」とささやき声にハッとした。
そこで坂本某は
「皆の衆、わしはこれから生駒の昆沙門様へ先に参りたいと思う」といって一人宿を出たので、皆の衆もきつねにつままれた思いで後を追った。一行は亀山から道を変え奈良に出て生駒山の信貴山の昆沙門様へ。
お伊勢様を目と鼻の先にしていらい遠回りの道ではあるが、坂本某は神がかりにあったみたいに熱心なので気味が悪くなり坂本某の後につづいた。関から、伊賀に越す峠げ道にさしかかる。名高い鈴鹿山脈の鈴鹿峠げの峯つづきの山道である。道端のつげの木の根もとにニ人の男がうずこまっているが、一人の男は動けぬらしく他の一人が動けない男の背を撫でさすり看病している様子である。
近づいてみると黽山の宿で同宿したニ人づれ。
「やい、こら、この野郎」と坂本某は男の肩を押えた。つれの四人も二人の男をとり囲んで
「ふとい野郎だ、金を返せ」と迫った。ところがニ人の男はろくにロもきけない。特に小柄な男の足、腰、ロもきけぬらしくロからよだれを流してうずくまっている。
細がれた男はどもりながら
「申しわけありません。悪いことはできませんもので取った財布の中味を調べてたら一つの財布の中から金と一諸にこのお守りが出てきました。
恐ろしい神様のお姿のお守りで、このお守りを見たとたんにこの男の足、腰がきかなくなって四半時(約九時間)いまもこうして動けないのです」二人の男のふところをしらべたら皆の財布がそのままでてきたので一同ほっと一息。ありがたい昆沙門様に心から感謝した。
伊勢を中心とした地方の道々には参宮客を目あての枕探しや、スリ等の悪人がうようよして遠くから金をもってお参りにくる旅人の財布をねらったものである。
枕探しの二人も昆沙門様の「足止め」というか「神しばり」というか奇みょうな病気にかかり、役人に引き渡されてしまった。一行は、足どりも軽く、生駒の信貴山の昆沙門様にお礼参りをし、奈良を見てお伊勢様も無事参拝し終り新田に帰ってきた。
旅の土産げ話と一諸に昆沙門様のありがたい御霊験を部落の人人に話し、昆沙門天王の像の塗り替えをした。
時に元録五年三月である。その後、伊勢神宮の寺社奉行より新田村の坂本某以下四人に金一封お下げわたしになった。
これは、伊勢参宮のおり枕探しとスリをかねた悪人二人を捕え