ふるさと昔話 - 021/056page

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の状況を特に俺に聞くときのおきんの顔があとあとまで夜、ねるときまで忘れられない。「おきんの出すお茶が俺には特にうまいから毎夕方俺は萬屋で一ぷくするのだ」と自分の心に言ってきかせる。

 追分峠の道すじの道端にある石仏は木の葉や木の枝や草でよごれているのを長次はきれいにかたづけて、腰の手拭いで石の上のほこりを落すことが長次の趣味だ。彼は毎朝登るときと、帰りがけとには必ず実行している。だから最近の石仏は本当にきれいになっている。

 「石仏の牛頭観音様に自分の牛を譲ってもらいたいと思う気持もある。俺にとっては現在のこの牛は借り物とはいい大事な大黒柱だから大切にしなければならないと思っている」
 「だから俺自身もこの牛を大事にするし、それ以上に石仏の牛頭観音様に無事故でいつまでも仕事のできるように護ってもらいたい」
 「この牛と毎日元気に働けるからこそ毎日可愛いおきんの顔が見られ、これはみんな石仏のおかげだ」と思っている。

 夏のある時、大雨が二日程つづいて谷川の水かさも増したが四、五日たって水も流れももとにもどったある日、の追分けからの帰り道、青葉の匂いがおきんの匂いに似てなんとなく気持がいい日だ。七七まがりのところまでくると道ばたのかやの草むらから山鳥が二羽バタバタと飛び出した。長次はハッと驚いた。それ以上に牛が驚いて手綱を振りとって一目散に駈け出した。長次は後を追ったが牛も駈け出すと速いもので、牛の姿を見失ってしまった。
 「石仏でいつも一ぷくするからあの辺に草でも喰っているべえ」
と長次は駈けて来た。
 「畜生!あんなところにいやがった」牛は梨木平の山の神様の脇の河原で草を喰って「もーっ」と一声ないた。
 「ほーら ほーら」と牛に呼びかけながら手綱を取って道に引き出してみて彼はびっくりした。
牛の前右足にピカピカ光る砂がついているではないか。手に取ってみると砂金だ、まさしく砂金にちがいない。

 「大変だ大変だ。お前はどこを走ってきたんだ、一体どこを歩いてきたんだ」と長次は牛の肩をたたいたが、首をピクピクさせて知らん顔である。
長次はこれは大変とあたりをくまなく探しまわったところ、山の神の社の後の谷川のそばに朽ちた木かぶの根本に牛の足跡があり、その中に砂金が埋もれていた。
 土砂混じりではあるが量にして約五升程あった。純金にして約三升はあろう。

 長次右エ門は長沼奉行にこのことの次第を申し上げ、砂金の半分をお殿様に献上し、残り半分をもとに荷上げ問屋の株を買い、可愛いおきんと一諸になって問屋の主人におさまり、後には長沼のお殿様から名字帯刀を許され、御大尽になったということである。


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