ふるさと昔話 - 045/056page

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二、ザト転ばしと十三佛の山伝説

 北横田と深渡戸の村境に、ザト転ばしと呼ぶ急な沢と、十三佛の山ど呼ぶ高い山があります。
 その昔、盲目の旅の僧が托鉢に現われ、土地の人々には、相入れない異った教えを説いて各戸をまわったそうです。
 怒った土地の人々は、村境まで連れて行き険しい沢につき落し、旅の僧を殺してしまったという事です。
 それ以後現在でも、この地を俗称「ざと転ばし」と呼んでおります。

 その後何年かを経て、土地の人々は、僧侶を殺した罪の深さと怨霊のおそろしさを感じてか、或は僧の教えの尊さを理解してかは定かではありませんが、その沢に続く高い山地を(字大作六九番地一帯の山地)を仏法の十三佛に見たてて、十三佛の山と呼ぶようになり、北横田村一の山と呼ぶようになったという。
 当地では珍しく、この地内に一筆の私有地もなく、大正年間まで官有地であった。


三、陣場山と洞窟伝説

畑田と木之崎をを結ぶ旧道(旧茨木街道といわれてきた)木之崎村境西側に陣場山と呼ばれる山地があります。(字陣場)山はけわしく北横田の地としては沢が深く、大きな山塊です。
 山の中腹には、現在でも土塁と思われる段々が数段めぐらして古老の言い伝えによると、この山中に、二ケ所の洞窟があり、のぞくと目がつぶれると言い残されておった。

 しかし、現在までに見たという話ものこっておらず、又洞窟の存在も確認されてはおりません。
 なおこの土地と若干の沢をへだてて、南横田側の頂上と斜面に、長沼町の松山城伝説(天正十七年伊達正宗が横田城を攻略した時に陣した所という)がありますが、この関係については定かではありません。


四、虚空蔵清水と鮎伝説

 畑田と木之崎を結ぶ旧道(旧茨木街道と言われて来た)沿い、黒沢二百十三番地に、虚空蔵様を祀った御堂があり、その参道の入口の岩場に、虚空蔵清水といわれる大きな泉がありました。
 古老の言い伝えに依れば、北横田の泥川には生息しない鮎が、常時生息していたという。
 この鮎は虚空蔵様の御使いであり、この清水は会津柳津の虚空蔵様の水と明け抜けになっている(地下の水脈が通じている事)と信じて大事に守ってきたという事です。

 祭日は、旧六月十三日(現在は新暦)土用餅として行われております。
 清水は現在もかれる事なくこんこんと大量に湧水が湧き出ております。


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