時代
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西 暦
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年 号
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歴 史 的 事 項
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古
代
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化 石 出 土 |
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大字守屋字土合地区(二枚貝、巻貝)
大字梅田字高村地区( 〃 〃 ) |
土器石器出土 |
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大字北横田字山下地区(石鏃、石斧、弥生式土器)
大字守屋字岡ノ内(土器)
大字梅田字土合地区(土器、石鏃、石槍)
大字守屋字向原地区(土器)
大字今泉字鼡内地区(土器)
大字守屋字竹ノ内地区(土器)
大字柱田字跡見塚地区(土器、石斧、石鏃)
大字深渡戸字赤土山(石鏃) |
窯 跡 |
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大字守屋字二本木地区
大字柱田字雨降山地区 |
古 墳 |
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大字梅田 壇塚古墳(円墳)
大字柱田 南谷地古墳群(円墳)
大字柱田 梅ノ木古墳群(円墳)
大字柱田 念仏壇古墳群(円墳)
大字柱田 跡見塚古墳群(方墳、円墳)
大字柱田 石井山古墳群(円墳)
大字柱田 大壇古墳(円墳) |
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大
和
時
代
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978BC
71〜
131〜
645〜
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第10年崇神天皇のとき全国に四道将軍を配した。
第12代景行天皇のとき武内宿弥東北巡視、日本武尊東北征討、滑川地名できる。
第13代成務天皇のとき石背(岩瀬)国造として健弥依米命を任命した。(国造本記)
第36代孝徳天皇のとき郡県制度を設け国司、郡司を置く。石背国造第14世安丸は石背国図を朝廷に奉る。この中に江原ノ郷、白方の郷名あり。諸郡を合して道奥国(後陸奥と改む)とした。東北地方は以前は東夷又は蝦夷と呼ばれていた。 |
奈
良
時
代
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707〜
715〜
718
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養老2 |
第43代元明天皇のとき坂上田村磨呂征夷大将軍となり東征。東北地方は和同以前は陸奥といわれた。
第44代元正天皇のとき白河、石背、会津、安積、信夫の5郡を陸奥から割いて石背国を置く。
大久保に常陸国の住人移住すという。 |