あさかわまちが生んだ偉人-046/093page
したが、翌年の三月頃から病気が悪化して、ついに昭和四十八年四月二十七日午前三時二十分に逝去されました。まさに、巨星堕つという悲しみでした。富三逝去の報は、その日のうちにNHKテレビ等によって、日本中に伝わりました。もちろん、浅川の町民もみんな、驚き悲しみました。
政府は、富三のこれまでの功績を称えて、勲一等旭日大綬章という最高の勲章を、贈りました。
浅川町の生んだ、偉大な医学者、吉田富三の名前は、富三が発見した「吉田肉腫」の名前とともに、日本の医学史ばかりでなく、世界の医学史にも、永久に残ることでしょう。
富三のお墓は、東京の駒込吉祥寺に建立されました。
私たちは、富三の偉大な生涯に学ぶとともに、生きるための希望の灯としていきたいと思います。
なお、長男の直哉氏は、NHK特別専務理事待遇として、日本の文化の発展のために、大きな力を尽くしています。
小学校時代の恩師とともに